月が綺麗ですね｜リアクション

月が綺麗ですね

「お前が欲しい」

　もしそんなことを言われれば、是と答えた後、「貴男の苗字を、下さい」そのような返答をするであろう。
　だが、彼女が自分の苗字を偽っていることは、生徒は誰も知らないはずのこと。
　いきなりそんなことを言ったところで伝わらないか、あるいは信頼問題に発展するか。どちらにしても告白の言葉としてはあまり良い結果を得られないだろう。
　……そこまで考えて、ふと思う。
　この男・ボケ彦は、彼女が信頼に足りうる男なのだろうか？
　それとも――
　答えを求めるかのように、デネボラは恋愛小説に目を落とす。

「お前が欲しい！」

　何も包み隠さずにまっすぐに愛を告げる男に対し、女は、

「じゃ、貴男の苗字を、下さい」

　とさらりと愛を受け止め、いやむしろ毟り取ってやるという強気な姿勢を崩さなかった。
「喜んで。善は急げだね」
　男は女の手を取り、市役所に向かって歩き出す。
　まだキスさえしていない2人だけれど、欲しい・欲しいばかりの愛だけれど。これもひとつの愛の形。

　デネボラは読み終わると小さくため息を付き、そっと小説を閉じた。
　するとちょうど信彦の使いのものが来たようだ。
　ついでにお引き取り願おう、そう思いながら、再び営業スマイルを浮かべるのだった。