白い毛の塊に足元を駆け抜けられて、
ピーター・ビアズリーは茶色の眼を見開いた。鮮やかに深い秋空の光降り注ぐ参道商店街の道を、しなやかな白い尻尾を舵にして、白猫が駆ける。
人懐こそうな眼を僅かに細め、ピーターはちょっぴり皺の寄った背広の裾を秋風に揺らし、のんびりとした足取りで白猫の背中を追いかける。
何かに誘われるように一心に走る白猫の様子が少し気になった。予定のないのどかな秋の日の午後、気紛れに猫の後をつけてみるのも悪くはない。
白猫がふと足を止める。桃色の鼻先を上げて風ににおいを嗅ぎ、さっきからついてくる古いカメラを提げた彫りの深い顔立ちの男を振り返る。
「やあ、今日は」
飄々とした風情で話しかけられた猫は首を傾げ、にゃあと鳴いた。ピーターに害意がないことを見て取り、素知らぬ顔で再び先を急ぐ。
幾つもの路地を過ぎたその先、道の果てには小さな古びた居酒屋。いつもなら昼間から焼き鳥のにおいをもうもうと吐き出している道に向けた換気扇は、けれど今日は回っていない。店の傍らに置かれた『やきとり ハナ』と書かれた電光看板にも、その上の黄色いパトランプにも、光は点っていない。
その代わり、ビールケースと硝子張りのショーケースに半ば塞がれた格子戸の前、熊じみた容貌と体格の店員が腕を組んで仁王立っている。
店員の足元には無数の猫。店員の足にしがみつく黒猫、腰をよじ登ろうとする三毛猫、脛に尻尾を絡める鯖猫、ショーケースの上に登って店員の頭に飛びつこうとする茶虎猫、店員の周りをぐるぐる回る雉虎猫、その他にも多種多様様々の猫が店の周りにたむろしている。
「……んー?」
店の異変にピーターが唸ると同時、先を行く白猫が歓喜の声を発した。足を早め、全速力で店員に駆け寄る。生き別れの兄弟に今しも出会ったかのように道を駆け、全身の力で跳ねる。そのまま店員の顔にひっしと抱き着こうとして、
「ぅうおおおぉお!」
熊じみた店員が熊のような雄叫びを上げた。飛び掛る白猫の胴をでかい掌で張ろうとして、出来ずに両手で掴み直す。優しくぽいと投げられて、白猫は身を翻して優雅に地面に着地した。
「あ、ピーターさん」
「やあ、楽しそうだねえ」
「いやあの、大変なんです、聞いてください」
ひらひらと手を振るピーターに、店員は泣き出しそうな顔をする。
「店で仕込みしてましたら、戸をカリカリカリカリ猫が何匹と引っ掻くんです。追いやろうと戸を開けた途端、猫がこう、うわあって」
店員の言葉に合わせ、店員に集っていた猫達が一斉に鳴く。数匹の猫に体をよじ登られ、
「うわあっ」
店員は体に似合わぬ悲鳴を上げた。
「たッ、助けてください助けてくださいッ」
「猫、苦手かい?」
「いえ、むしろ好きです、大好きなんですが、このままだと猫に萌え殺されそうで……ッ!」
「そう言えば、前にかみさんと家で寛いでいるときに窓から野良猫が入ってきたことがあってねえ。うちで飼っている気のいい犬がまごまごしたからかみさんが――」
「仕事にもならなくてねぇ」
ピーターのかみさん話をタイミングよく遮って、店員の背後の格子戸が薄く開く。女将が顔半分だけを覗かせて憂鬱そうにぼやくだけぼやき、
「女将っ、助け……」
店員の悲鳴を無視して戸を静かに閉める。
「困ったねえ」
店員の肩にまでよじ登った黒猫を取ってやりながら、ピーターは茶色のたれ眼に笑い皺を寄せた。ピーターに抱き取られた黒猫が透明な髭をふと揺らす。ゴロゴロと喉を鳴らし、今度はピーターの顎に頭を擦り付ける。
「ん?」
きょとんと瞬くピーターの足に、別の猫が擦り寄る。ショーケースに居た茶虎猫が歓声あげてピーターの頭にダイブする。
「んんー?」
「ああっ、ピーターさんまでっ!」
眼を白黒させながら猫まみれになっていくピーターを見て、同じく猫まみれの店員が悲鳴を上げる。
こんにちは。阿瀬 春と申します。
ねこ、お好きですか。
ガイドにはピーター・ビアズリーさんにご登場頂きました。ありがとうございます。
飄々とした語り口とかみさんラブなところがとてもチャーミングなおじさまです。今回は猫まみれにしてしまいましたが、……ねこ、お好きですか。
ガイドはサンプルのようなものですので、ご参加頂けます場合は、お好きにアクションをかけてください。
さて。
神魂の影響で、路地裏の居酒屋の前に立った人々に猫が集る事件が発生しております。
居酒屋の前を通りがかったり、猫に惹かれて居酒屋に近寄っただけで、猫に訳もなく懐かれます。
困り果てるも萌え殺されるも恐怖するも、無視して店内に入って酒を飲むもよし、です。格子戸を固く閉ざした店内では、女将が黙々と仕込みをしています。
とりあえずそういうわけで、猫まみれになってみませんか。
猫たちは日が暮れる頃には夢から覚めたように素っ気無い態度でその場から逃げ出します。それはもう蜘蛛の子を散らすように。
猫まみれ現象は『店の前に立っている間だけ』起こります。もしも猫に懐かれている状態で店の中に入ってしまいますと、猫は脱兎の勢いでどこかに去ってしまいます。追いかけて店の外に出ると再び懐かれます。で、店に入るとお猫さまはまた去ります。
居酒屋の前を離れても、同じように逃げ出してしまいます。
ご参加、お待ちしております。