怪談会の翌日。
津島 琴美と花村 ほのかの二人は、寝子高の南校舎一階の一番奥の教室――昨夜、怪談会の会場となった部屋に来ていた。
昼間の明るい光の中で見る教室は、普段と少しも変わりがない。夏休みでも部活を行っている部もあるのか、校庭からは掛け声やボールを打つ音などが聞こえて来る。
「つきあわせちゃって、ごめんね。……あのハンカチ、すごく気に入ってるものだから」
謝りつつ、教室内を見回す琴美に、ほのかは笑った。
「気にしないで。……にしても、そんなお気に入りのハンカチを忘れて帰っちゃうなんて。琴美も案外ドジね」
「それ言われると、面目ないな」
琴美も笑って返し、なおも教室内を見回していたが、ふいに目を見張る。
真ん中の通路の中ほどあたりの床に、見覚えのあるハンカチが落ちているのを見つけたのだ。
彼女はそちらに駆け寄り、身を屈めてそれを拾い上げた。
その途端。鋭い金属音が耳をつんざき、彼女は激しい頭痛を覚えてうずくまる。
「何……今の……」
音は止んだものの、まだ鈍く痛む頭を抑えて、立ち上がった。そして、そのまま息を飲む。
いつの間にか、夜になっていたのだ。
窓の外には、血のように赤く輝く巨大な満月が、こちらを見下ろしている。
「あ……!」
琴美はその月を見据えて、思わず声を上げた。
一瞬、月の表面に巨大な目が現れたように見えたのだ。しかもその目には、教室で佇むほのかの姿が、映し出されているように見える。
だが、それはすぐに消え、月はただデコボコの肌に赤い陰影を落としているばかりになった。
校庭から聞こえる物音は途絶え、あたりはただ恐ろしいほどに静かだ。
「ほのか? どこ?」
その静けさに圧倒されて、琴美は囁くような声で友人の名を呼ぶ。だが、それに答える声はなく、彼女はただ一人、赤い光の照らす闇の中に立ち尽くすばかりだった。
一方。
琴美の姿を目で追っていたほのかは、彼女が一瞬にして掻き消えたのを見て、狐につままれたような気分だった。
何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
「琴美? どこにいるの?」
友人が、ふざけてどこかに隠れているのかとも思ったものの、椅子と机が整然と並ぶ教室内では、一瞬にして隠れられるような場所もない。
まさに琴美は、またたき一つの間に消えてしまったのだ。
ほのかは、思わず彼女が消えた場所に、駆け寄ろうとした。
その時。
「そっちへ行ってはだめです」
ふいに声がかけられ、ほのかは背後をふり返った。
「あなた……!」
そこにいたのは、怪談会に現れた小学生ぐらいの少女――幽霊とおぼしき、あの少女である。
「あなたたちが行った怪談会の影響で、ここは別の世界とつながってしまいました。この教室内には、その別世界への入口が出来上がっています。そして琴美さんは、そちら側の世界に入り込んでしまったのです」
少女は言った。
「別世界への入口は、いずれこの教室以外の場所にも開くことになるでしょう。そして、知らずに入口に踏み込み、あちら側に行ってしまった者は、おそらく二度と戻っては来られません」
「戻って来られないって……琴美も……ってことなの? 何か、戻れる方法はないの?」
思わず問い返すほのかに、少女は返す。
「あちら側に行った人を連れ戻すには、あちら側から鍵を壊すほかは、ないと思います。また、別世界への入口を消すには、二つの世界のつながりを断つほかはありません。つながりを断つためには、あちらの世界に行って、二つの世界をつなげている四本の赤いろうそくを全て消す以外には、ありません。そして鍵は、ろうそくを全て消さなければ、出現しません」
「……つまり、誰かがその別世界に行って、四本の赤いろうそくを全て消し、出現した鍵を壊して琴美を助け出す以外に、方法はないってことね?」
ほのかは、問い返した。
「ええ」
少女はうなずき、言った。
「もしそのつもりがあるなら、私もお手伝いします。……私のことは、『かおる子』と呼んで下さい」
「……手伝ってくれるって言うの? あなたが?」
ほのかは、わずかに不審をひそめた目で、少女を見やる。
少女は、黙ってうなずいた。
ほのかは、しばし考え込んだものの、今は躊躇している場合ではないと決めて言った。
「わかったわ、お願い。……でも、私一人ではこれは無理だわ。他に、協力してくれる人がいないか、探してみるわね」
そして彼女は、ポケットからスマホを取り出すと、怪談会の参加者たちや友人に、かたっぱしから電話し始めたのだった。
こんにちわ。マスターの織人文です。
今回は、別世界からの救出作戦といった趣向です。
『寝子高・怪談会』の続編ガイドですが、あちらに参加していなくても、問題ありません。
なお、琴美がいるのは、怪談会が行われた教室ではありません。
彼女を見つけて救出すると共に、別世界とのつながりを断って、無事、帰還して下さい。
【別世界について】
・現実の寝子高と同じ構造です。
・現実は昼間ですが、こちらは夜です。
・空には赤い巨大な満月が掛かっていて、校舎内はその光で照らされています。
・巨大な蜂の姿の敵がいて、みなさんを見ると襲いかかって来ます。
・携帯電話は使えません。
・仲間に伝言したい時は、かおる子に頼むか、メモを残すかして下さい。
・四本の赤いろうそくは、校舎内にそれぞれ別々に灯っています。
【敵について】
・人間の子供ぐらいの大きさです。
・姿は蜂ですが、犬並の知能があります。
・プールが巣になっていて、かなりの数がこの世界を飛び回っています。
・何かで殴る、ろっこんを使用するなどして、倒すことが可能です。
・仲間の体液の匂いに集まる習性があります。
なお、別世界から脱出するための鍵は、赤いろうそくを四本とも消さないと出現しません。
以下、NPCデータです。
●津島 琴美(16歳)
寝子高1年4組、普通科。桜花寮住まい。
寝子島生まれの寝子島育ち。寮生活に憧れて、高校入学と同時に寮に入る。
●花村 ほのか(16歳)
寝子高1年5組、普通科。桜花寮住まい。
琴美の友人。オカルト大好き少女。
●かおる子
小学生ぐらいの少女。
琴美たちが行った怪談会に現れた幽霊。
それでは、みなさまの参加を、こころよりお待ちしています。