志波 高久は首を傾げます。通話口の向こうから届く上の弟の声に、なにやら違和感を感じ取ったもので。
「おい、どうした武道? やっぱりなんかおかしいぞ。いつも言ってんだろ、悩みでもあんなら溜めこまずに……」
『だーいじょうぶダイジョウブだって、たかにーちゃん! なんてことナイナイ、ちょっと疲れてるだけだよ。警察官目指そうってヤツがこのくらいでヘコたれてられな』
「……ん? 武道? おーい? あんにゃろ、切りやがったか……?」
人一倍努力家で、それでいて自分を見せようとしない弟のことを、高久はいつも案じています。責任感ある大人ですし、長男ですし、年の離れた弟たちがホントのことを言うと、可愛くって仕方がないのです。
「仕方ない。拓郎にでも様子を見に行かせるか」
といって高久はスマホの画面をぽちぽちとやりつつ、フライトの疲れも感じないくらい確かな足取りで、空港を後にします。鎌倉駅から寝子電に乗り、島へと入るまではまだもう少しかかるでしょう。
高久は眉根を寄せ、ふたたび首を傾げました。
「……なんだか、イヤな予感がするな」
志波 武道は混乱のきわみにありました。
「なんだよ……ココ……」
たしかにこのところは根を詰めすぎであったかもしれません。大学の講義はサボらず予習復習。課題だって欠かさずこなします。くわえて警察官になる夢をかなえるべく勉強したり。武術を始めて、まだまだ慣れない稽古に悪戦苦闘したり。過去の凶悪事件についての資料を読みあさり、被害者加害者の心理に触れようと試みたり。自分の自由になる時間のほとんどはそうして過ごし、近頃は特技で趣味の泳ぎにも行けていないし、鬱屈する思いを吐きだせるような友人たちと顔を合わせる機会もなかなかありません。
少々気持ちが沈んでいたのかも。自分ではそこまででもなくて、まだまだ頑張れると思ってはいるのですけれど。
「どこかのショッピングモールか? でも寝子島シーサイドアウトレットじゃないし、見たことのない場所だ。それに……」
疲れのためか、脳の疲弊があらぬ光景を武道に見せているのか。そこは広大な面積をほこる、ショッピングモールに見えました。けれど、どこか奇妙で、現実感のない光景でもありました。
「なんか……おかしいぞ……?」
大胆な吹き抜け構造のフロアは多層をなし、上方へ下方へと連なっています。いくつもいくつも、無数に思えるほどの階層の重なりは、いったい何階建ての建物なのでしょうか。目に見えるだけでも上に10階、下に10階は数えることができましたし、おそらくそれ以上に続いているようにも見えました。各種テナントの入るフロアの広さだって、まるで先が見とおせないほどです。
それに、武道自身を除いて、人の姿は見当たりません。応対する従業員も、楽しそうな家族連れも走り回る子どもも、仲むつまじく楽しむカップルや、フードコートへ向かう学生たちの姿も。照明は明るく設備には電気がとおっているにも関わらず、人っ子ひとりいないのです。これほどに巨大なモールだというのに……まるで今しがたまで存在していた人々が、現れた武道と入れ替わりに全て、泡と消えてしまったかのよう。
……そうです。母なる自然へと回帰することです。それこそがただひとつ、罪ぶかき我ら人間に許された贖罪の形なのですから。人類が存在する限り、地球は汚染され資源は搾取され、もはや差し迫った死に向かい朽ちてゆくばかりです。クリーンエネルギーの開発、サステナブル社会の実現、学者たちは聞こえのよい理想を語ります。どれもこれも、実現性に乏しいまやかしに過ぎません。たとえばわたしたちの口にする肉や卵、ミルクなどです。それらを生産する家畜の飼料を育てるため、どれほどの森林が伐採され自然環境が破壊されているかご存知ですか? 家畜たちがおびただしく排泄する糞尿がどれほどの水質汚染を引き起こすか知っていますか? 畜産業が生み出すメタンガスがどれほどに地球温暖化を加速させているかを? 自然と社会の共生はもはや不可能であると認め、文明を捨て去り回帰するその勇気こそが今、わたしたちに求められて……
「はは……ははは」
スピーカーから聞こえてくる環境NPOの啓発活動めいたメッセージを聞いているうち、自身がかわいた笑みを浮かべていることに、武道は気付いていたのかどうか。
ゆらりとモールの奥へ歩き始めながら、彼は上着のボタンをひとつひとつ外し、やがて脱ぎ去りました。
志波 拓郎は高久との通話を終えると、ソコ抜けに明るい兄、武道の姿を思い浮かべました。泳ぎが得意で、時に馬鹿をやったりふざけたり、時に頼りになったりする、あのちょっぴりウザいけれどどこかほっとする彼の笑顔を。
どうやらなにか武道の様子がおかしいと、上の兄である高久が言うものの、拓郎はどうもピンと来ません。
(兄貴ならうまくやると思うんだけどな)
要領のよい兄だし、先日顔を合わせた際にはなんらかの異変を感じることもありませんでした。いつものようにバカを言って、弟をウザいくらいに可愛がって、普段どおりであったように思います。
それでも様子を見てきてくれと高久に言われれば、拓郎に拒むという選択肢はありません。間もなく寝子島へ帰ってくるらしいし、なにしろ高久のゲンコツときたらとびきり痛いので。
「ん?」
ぶるると震えたスマホに、もしかしたら武道からのメールだろうかと思い受信箱を開くと、そこには奇妙な着信が一通ありました。
(……? なんだこりゃ?)
件名も差出人の名前もなく、たあいのないスパムメールの類であろうとは思いつつ、拓郎はなにか……どこか。妙に捨てがたくあらがいがたい興味を抱き、しばし迷ったすえに、メールを開きました。
一見、なんの文字も画像もありません。けれど下部へスクロールする余地があるようで、拓郎はすいすいと指をスワイプさせ、画面をすべらせてゆきました。
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FO/J-28647『ナチュラル・セラピー』
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
・FO『28647』は対象者を中心に、大規模に渡って
隔絶された超現実的空間を構築する。
観測された最大の現象においては半径2058km、高さは地下300mから高度4800mに達した。
・付随して観測されるあらゆる事象を総括し、
FO『28647』と呼称する。
・空間はいくつかのパターンからなる人工構築物によって構成される。
統計によれば内訳はショッピングモールが42%、教会が31%、視聴覚室が19%、
対象者の既知の空間が8%。
・対象者の人種や国籍、年齢や性別等に共通点は見られない。
ただし、構築物は対象者の国籍に応じて、様式や掲示物に使用される言語などを変化させる。
・対象者は睡眠中など長時間の意識消失状態を経て、構築された空間で目覚める。
移動の瞬間の観測に成功した事例はない。
・構築物内には対象者を除き、何らかの生命体が観測された事例はない。
ただしそれに準ずる光学・音響現象、根拠なき悪寒やバイタルサインの変動等の報告は多数。
・構築物内には、主に
自然への回帰や文明社会の放棄をうながすメッセージが、
音声、文字、図示など多様な形で常に提示されている。
・対象者はメッセージに触れるうち、無意識下に影響を受け、次第に感化される。
観測事例の九割で、この時に対象者は強い
多幸感を抱いていたことが報告されている。
・稀なケースとして、対象者の近親者や親しい知人が空間を共有する事例が数件確認された。
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
墨谷幽です。よろしくお願いいたします~。
志波 武道さん、志波 拓郎さん、志波 高久さん。
プライベートシナリオの申請、まことにありがとうございます!
ガイドのイメージによらず、アクションはどうぞご自由にお書きくださいませ~。
このシナリオの概要
いわゆるリミナルスペース(Liminal Space)をさまよう、ちょっとしたホラーなお話です。
皆さんは、本来ならたくさんの人で賑わい活気にあふれているであろう、
けれど人っ子ひとり猫いっぴきも見当たらない、空虚な空間へと放りこまれてしまいました。
時おり起こる奇妙な現象を体験しながら、合流し脱出を目指してください。
空間の広さは不明です。
空間の構造はいくつかの様式に分類され、ショッピングモール風だったり、
教会っぽかったり、学校の視聴覚室みたいなところだったりします。
また、一部は志波 武道さんの心象風景や過去の体験、トラウマなどを反映した、
奇怪な空間となっています。脱出への糸口が見つかるとすればそこでしょう。
空間へ出現する際に身に着けていた物品などは使用可能です。
携帯電話やスマートフォンも使用可能です。外部へ電話をかけることもできます。
ただしGPSは使用できません。
ろっこんは通常通り使用できます。
なお、志波 高久さんと拓郎さんは、合流済みの状態で空間に出現します。
武道さんは、空間内のどこかをさまよっているようです。
武道さんはこの現象にとらわれ感化された結果、正気ではないかもしれません。
もしかしたら、自然への回帰を試みているかも(ひらたく言うと、マッパかも)
<観測しうる現象>
◆メッセージ
空間内のあらゆる場所で観測されます。
文明社会からの脱却をうながすメッセージが記載されたチラシやポスター、
場内アナウンスなど。
武道さんはこのメッセージに影響を受けます。
高久さんと拓郎さんには今のところ影響はありませんが、
探索が長期間に及ぶとその限りではないかもしれません。
◆ついてくる人形
ショッピングモールのマスコットキャラクターらしき、高さ1メートル程度の人形。
可動部もない単なるオブジェですが、ずるずると移動しながら迷い込んだ者についてきます。
目的も害もなく、ただゆっくりとついてきます。
◆ころがるボール
どこからかころがってくるサッカーボール。
無視しても、どこかへ蹴とばしてしまっても、いつの間にか近くに転がっています。
◆人影
文字どおり、人の影。時おり視界をよぎりますが、大抵はすぐに消えてしまいます。
こちらを観察しているようにも見えます。
◆武道空間
志波 武道さんのトラウマを取り込みミックスしたような空間。
どんな感じか、なにが起こるかは未知数です。(アクションでご指定OK)
と、いろいろ挙げましたが、リアクションで描かれる内容はアクション次第で変動します。
お好きなスタイルで、自由にお書きください~。
NPCについて
NPCは、登録済みのキャラクターでしたら誰でも登場可能です。
また、墨谷のシナリオに登場したNPCでしたら、登録・未登録問わず登場OKです。
ただし、不自然でないシチュエーションに限ります。登場が難しい場合もありますので、ご了承ください。
こんなNPCと絡んでみたい、なんてリクエストがありましたら、お気軽にご指定ください。
細かく指定もOKですし、マスターにおまかせもOK。
Xキャラクターも登場可能です。
口調などのキャラクター設定は、アクションに記載してください。
Xキャラ図鑑に書き込まれている内容は、そのURLだけ書いていただければ大丈夫です。
以上になります。
それでは、ご参加お待ちしております~!