空が薄青に明けてゆく。薄墨の色をしていた朧雲が淡い紅を帯び、眺めているうちに黄金に染め上げられる。
深藍の色をしていた水平線が空の色を映し始める。砂浜に寄せる波が陽の光に輝き始める。
煙草の吸い口を離した唇から、紫煙を吐く。勢いよく飛び出した煙は薄墨の龍のかたちして空へと昇り、春風に散った。
煙草を挟んだ指先に、小さな火傷がある。
(あたしもまだまださね)
咥えた煙草の先が赤い火の色を宿すのを伏せた栗色の瞳に映し、
宇佐見 満月は苦く笑う。普段であれば気にも留めない小さな火傷が、今は胸にもやもやと渦巻く気持ちの表れであるように思えて仕方がなかった。
(さァて、どうしたもんか)
海を臨む堤防に腰を下ろしたまま、ちらりと肩越しに見遣るのは、朝の色を白く帯び始めた昔ながらの商店街──生まれ育った旧市街の街並み。
親の後を継いで数年のお好み焼き屋『うさぎ屋』の住居部分でおそらくはまだ眠っているだろう弟と姪のことを思う。
(子どもだ子どもだと思ってたのにねぇ)
気が付けば弟は高校を卒業した。あんなに小さな女の子だった姪も、四月からは最高学年となる。
(でかくなって、まぁ)
弟に差し出された掌の大きさに戸惑ってしまった。姪のふとした横顔が思いがけず大人びて見えてドキリとしてしまった。まだまだ自分の手が必要な子どもだと思っていたのに、もしかするとこちらの方がふたりに支えられていたのかもしれないと、──そう、思ってしまった。
吐き出した紫煙が溜息のかたちをしているように見えて、知らず眉間に小さな皺が寄る。らしくない、とは思う。
(良いことさぁ!)
これで自分の苦労も少しは減るというもの。
胸のもやもやを咥え煙草で笑い飛ばそうとして、失敗する。情けなくひん曲がってしまった唇から煙草を引っこ抜く。片手に握り締めていた携帯灰皿に押し込んで、満月は堤防の上に立ち上がった。
太陽の光を全身に浴びて、大きく伸びをする。背丈の半分ほどの堤防から飛び降れば、道沿いに並ぶ散り際の桜がまだ少し肌寒い潮風に揺れた。
うなじに触れる冷たい風に構わず帰路を急ぐ。浅い眠りに嫌気が差して、散歩がてら夜明けの海を眺めに来てはいたけれど、そろそろ帰ろう。
(あの子たちに朝飯作ってやらないとね)
放っておいても好きにするだろうとは思うものの、今はなんだかんだと世話を焼いてやりたい気分だった。
(今日も洗濯して掃除して、開店準備さね!)
いつもの忙しい一日が始まるぞと自分に言い聞かせ、気を抜けば萎んでしまいそうになる胸を精一杯に張る。元気でいなくては。笑顔でいなくては。
「──あら、満月ちゃん」
不意に声を掛けられ、知らず大股に急いでいた足が止まった。
伏せていた目を上げる。背筋を伸ばす。引き結んでいた唇を笑みのかたちにする。そうしてから、しょぼくれた顔をしてしまっていたかもしれないことに思い至る。
「花枝さん、おっはようございまっす!」
だから殊更に元気いっぱいに挨拶をしてみたけれど、
「はい、おはようございます」
参道商店街で息子と共に焼き鳥屋を営む昔馴染みの婦人には、ともすればお見通しであったのかもしれない。
古い店構えも多い旧市街の商店街にあって一際古びた『やきとり ハナ』は、炭火と脂に煤けた換気扇に赤提灯、ビールケースで半ば隠れた格子戸にくたびれた縄暖簾、古びたショーケースの中には同じく古びた造花に焼き鳥の食品サンプルとお銚子、──昔ながら、という言葉がよく似合う居酒屋だ。
店先に届けられていた新聞を片手、二階の住居から降りてきたばかりらしく寝間着に綿入半纏姿の焼き鳥屋の女将は柔らかな笑みを浮かべた。
「たまには飲みにいらっしゃいな」
いい日本酒が入ったのよ、と小柄な女将に背中を叩かれ、満月は笑みを返す。お言葉に甘えて、今日は『やきとり ハナ』で散々に呑んでくだを巻いてしまおうか。
こんにちは! 阿瀬 春です。
今回はプライベートシナリオのお届けに上がりました!
宇佐美 満月さま、このたびはプラシナのご依頼ありがとうございます。
おかげさまでお久しぶりの『やきとり ハナ』シナリオですー。
おいしい焼き鳥とおつまみとお酒をご用意してお待ちしております、どうぞご自由にアクションをお書きください。
今回のプラシナは飛び入りのご参加も大歓迎です。ということで、みなさまもどうぞお気軽にご参加ください。
お酒飲んで美味しいごはん食べて、しんどいことをぱあっと明るく発散してみたりも楽しそうですし、逆にめそめそしちゃいましても女将か店員か同席のお客さんがなんとかしてくれるはずです。
もちろん、お酒なし・ごはんだけの未成年なお客さまも大歓迎!
『やきとり ハナ』について
旧市街の商店街の路地裏にある古びた小さな焼き鳥屋です。
開店は夕方(もしくは店員の気まぐれによっては昼頃)、深夜まで営業しています。
NPC等について
このシナリオでは、他のマスターが担当していない登録NPCやXキャラ、阿瀬が担当している登録・未登録NPCであれば、登場が可能です。
◆登場NPCについて
・黒河 花枝
旧市街の路地の奥にある居酒屋『やきとり ハナ』の女将。
割烹着の似合う小柄で温和でサービス大好きお酒大好きな気のいい六十代。甘党の日本酒党。
・黒河 太一
『やきとり ハナ』の店員。見た目は大柄筋肉熊。
よく店の外に七輪を持ち出して秋刀魚やら鳥やら焼いている。婚期が気になる三十路。
◆Xキャラについて
Xキャラクターをご希望の場合は、口調やPCさんとの関係性などのキャラクター設定をアクションに書き込んでください。
Xキャラ図鑑に書き込まれている内容は、URLを書いて頂けましたら参照させていただきます。
それではっ、満月さま、みなさま、お越しを楽しみにお待ちしております!