暦がまさしく春であろうと、朝につかう水はまだ冷たい季節です。
それでもお昼をすぎますと、空気は丸みをおび花の香りも入り混じり、それなりに弥生らしくなっていきます。
といってもまだしばらくは、コートが必要ではありましょうけれど。
寝子島旧市街には歴史のある商店街があります。名を参道商店街ともうします。
時の流れが止まったようといいますか、数十年前の日本を撮った写真を見ているごとく、レトロな風情のお店が軒を連ねております。八百屋魚屋お豆腐屋、仏壇仏具の専門店もあります。江戸幕府のころから看板を守っているというお店も少なくない。
ある日曜日の午(ひる)さがり、日傘をさして柄を肩にかけ、
エレノア・エインズワースはひとりぶらぶら、参道商店街を歩んでいました。花屋を眺め書店にかるく寄り、手芸店に飾られたレース編みに目をとめます。
どこかデカダンとした雰囲気をまといながら、エレノアはうすい笑みを浮かべました。戦前ドイツの無声映画のように。
目的地についたのでした。
参道商店街にあるその店は、いわゆる駄菓子屋さんです。
名は『
きらく屋』。
はじめて訪れる人であっても、ノスタルジアを感じるかもしれません。
なぜならそこには、駄菓子屋だけがもつ不変の空間がかもしだされているからです。
一口サイズのチョコにガム、キャンディーにゼリー、キャラメルやスナック、いずれも小袋入りで所狭しとならべられています。おせんべいも、あります。あたりめやチーたらもあります。アルミ袋いりの綿菓子なんていう変わりだねも。けばけばしい色のものから通好みまで、掘れば掘るほどに楽しい、おいしい、それがこのお店なのです。どれも安価ですからお財布にもうれしい。
かららっと扉を開けて、
「いらっしゃい」
の声を受けエレノアは店に入りました。薄暗い店内をずっと奥まで進みます。
まだ寒い時期のせいかお客さんの姿はありません。店主のおばあちゃんも暇そうにしています。
彼女の目当てはお菓子ではないのでした。
壁から吊り下げられた玩具をしらべていきます。シャボン玉セットやヒーロー人形、3Dメガネが出てきました。いずれもお手頃価格のチープなものばかりです。
けれどもエレノアが探しているものは見つかりませんでした。
「売り切れですか」
さらりとつぶやきましたが、いささか口惜しげなのはまちがいない。
さもありなん、シーズン前ですから。
エレノアが探していたもの、それは水鉄砲だったのです。
きらく屋は水鉄砲にはこだわりがあるようで、夏の頃であればそれこそ多種多様、入門用から普及品、強力型にいたるまでたくさん取り揃えられており、目にも楽しい光景になるというのに、現在はいささかもぱっとしない状態なのです。申し訳程度に簡素なものが数丁あるだけでしたが、これではお風呂のおもちゃにも役不足でしょう。
さて。
手持ち無沙汰になってしまい、何気なくエレノアがガラス戸のむこうに目を向けたときです。
「あれ……?」
エレノア顔はを上げました。
店の前を、見覚えのある人影が横切ったのです。
クリームスフレみたいにふわふわっとしていてつかみどころがなく、なのに水たまりを裸足でゆくような湿り気があり、超然として眠たげな、しかれどもどこか艶冶とした、一言でいえば謎めいた少女なのでした。
胡乱路 秘子、もうじき卒業する寝子高の三年生です。
彼女はどこへ行くのでしょう。
そもそも、目的地というものがあるのでしょうか。
ひた――と秘子が足を止めました。
そうしてゆっくりと店のガラス戸に振り向いたのです。
そのまま動きません。
んふふっ。
含み笑いすら聞こえるようです。
エレノアの視線に気付いたのでしょうか。
声を掛けられるのを待っているのでしょうか。
「もし……」
好奇心にあらがいきれず、エレノアは秘子に呼びかけていました。
ガラス戸越しに。
リクエストありがとうございました! お待たせしました。
桂木京介です。
エレノア・エインズワース様へのプライベートシナリオをお届けします!
シナリオ概要
現実時間では七年半前(!)に公開された拙作『駄菓子屋のプリンセス』の後日談となります。
文体は意図的に当時のものに戻してガイドを書きました。
この時代のガイドやリアクションは、作中の誰かでもGMの桂木でもない第三者視点の誰か(多少皮肉っぽいときがある)が語るという想定で書いていた風がありますね。今読み返してみると。
ですがリアクション本文はもちろん、最近の通常文体(「~である。」「~だ。」型)でも可能です。ご希望があればアクションの片隅にでもご指定ください。
状況
買い物のために『きらく屋』を訪れたあなたですが、折悪しく目当てのものは見つかりませんでした。
ですが偶然、胡乱路 秘子が通りかかったのを目にします。
以前からあなたは秘子に興味を抱いていました。これを機に、彼女の話を聞くのもまた面白からずやというものです。あなたは思い切って秘子を呼び止めたのでした。
場所は『きらく屋』を起点とします。
秘子も駄菓子屋には関心がある様子、招き入れればあれやこれや、お菓子に玩具を手にすることでしょう。
勧めれば食するかもしれません、遊ぶかもしれません。けれどもどこかこの世の人ではないような、奇妙な振る舞いをするかもしれません。
求めれば話し相手にもなります。ただし秘子はあまり自分のことを語りたがりませんし、過去のことなどを詮索してもはぐらかすと思われます。それでも簡単な質問には答えるはずです。
秘子とミステリアスなひとときをお過ごし下さい。
ずっと『きらく屋』にとどまっても構いませんし、近場に移動することもできます。未成年なのでお酒はダメですが、意外やカラオケやボーリングといった「俗っぽい」遊びでも付き合います。
それでは、次はリアクションで会いましょう!
桂木京介でした。