静かな雨の降る夜だった。
藤堂 静の営む店に、一人の女性が訪れた。
黒いつややかな髪を真っすぐに伸ばした、赤いドレスの女だった。
見かけない顔だった。
美人には見える。だがうつむきがちで、あまり表情は明るくない。
「バラライカを」
短く注文したきり、女はじっと黙っていた。
詮索されるのが好きな客じゃないんだろうと思って、仕事に取り掛かる。
店内には、どこか物悲しいジャズボーカルの歌声だけが響いていた。
「あの」
不意に、女が声をかけた。
注文かと思って視線を上げる。
だが違った。
「ここに、赤い髪の女性が来たことはありませんか」
女の声は、少し張りつめていた。
「……赤毛なら、時々外国人が来る。それとは違うんだな?」
「はい。……本当に赤い、真っ赤な髪の女です。腰のところまで届く、ストレートでした」
「他に特徴は」
「……分かりません」
藤堂は軽く首を振った。
ウィッグかもしれない。そうでなくても、黒染めしてしまえば見つからない。
そんなあいまいな情報をもとに人探しなど、やるだけ事故の元だ。
「そうですか……」
女はまた、黙ってうつむいた。
それから、藤堂の差し出したバラライカを一気に呑んだ。
そんな飲み方をする酒じゃない。と思う。だが出された酒をどう飲んでも、それは客の勝手だ。
女は疲れ果てているようだった。
カウンターに肘をついて、じっと何かを考えこんでいる。
その思いつめた様子は、決して口数は多くない藤堂でも、さすがに見かねるものがあった。
「その女が、何か」
声をかける。
女はゆるりと顔を上げ、ぽつぽつと言葉を紡いだ。
「私、多分、その女に戸籍を取られたんです」
思いがけない言葉に、藤堂は思わず女の顔を見た。
「一度、自殺しようとしたことがありました。……その時、身分を証明するものを全部おいてしまったんです。幸い一命はとりとめました。だけど、部分的に記憶喪失になって……。自分が誰だか思い出せないでいる間に……多分、取られたんだと、思います」
あまりはっきりしない話だな、と思った。
何より、この女の虚妄だとも言い切れない。
女はまた押し黙った。
「頭のおかしい話だと思いますか?」
藤堂は返事をしなかった。
女は酒の代金を置いて席を立った。
数日後、寝子島で、こんな都市伝説がまことしやかにささやかれるようになる。
「赤い鬼のうわさ、知ってる?」
「人間になった鬼がね、面白がって街を破壊してるんだって」
「真っ赤な髪を振り乱して、ガードレールを引っこ抜いたり、標識をへし折ったり、公園の遊具を潰したりして、笑ってるんだって」
「ブラック・レディが、名前を奪っちゃうんだって」
「遭遇したら記憶と顔を取られちゃうんだって」
「これじゃない、これじゃない、って喚きながら、夜の街を走ってるんだって」
「「怖いね」」
カウンターテーブルで客がそう囁き合うのを聞いて、藤堂はわずかに、眉根を寄せた。
彼は、これが自身の巻き込まれることになる壮絶な事件の幕開けであることに、まだ気づいてはいなかった。
藤堂さん、ガイドに登場してくださりありがとうございます!
ご参加いただく場合は、ガイドに関係なくアクションを提出いただければ幸いです。
今回は、シリーズシナリオの第一話となっております。
凶暴な鬼とその悲しい真実を巡り、激しいバトルや、深まる謎を追いかけていきます。
物語の進展をお楽しみいただければ嬉しいです。
学生さんや社会人、ほしびとさんも、どなたでもお気軽にご参加ください!
『赤い鬼のうわさ』
真っ赤な髪の女です。赤いタイトなドレスに身を包み、その姿はひどく美しいのですが、
どこかいびつな恐怖を抱かせます。
誰がそう呼び始めたのか、「赤い鬼」と呼ばれています。
甘い声で人を誘惑したかと思うと、街を気ままに壊して暴れまわります。
寝子島の住人たちは、今のところは「酔っ払いが暴れた」「何らかの事故」程度の認識ですが、
このまま放っておけば、いずれは非現実的な鬼の存在が白日の下にさらされ、
寝子島のフツウは壊れてしまうかもしれません。
赤い鬼は非常に戦闘能力が高く、強大な力で襲いかかってくる恐ろしい存在です。
その上、相手の名前を奪って力を増すという特殊な能力を持っていて、
対峙した相手に様々な方法で名前を聞き、奪おうとします。
目を合わせることで不思議な魔術にかけ、自分から名前を言わせようとしてくるかもしれませんし、
戦闘の途中で「名はなんという?」と直接訪ねてくるかもしれません。
荷物を奪って、持ち物の記名を確かめようとすることもあります。
名前を奪われてしまうと、自分自身についての記憶がひどくあいまいになり、
自分が何者なのか分からなくなってしまうような不安に襲われてしまいます。
また、赤い鬼は奪った名前を用いて「分身」を作ることができます。
生み出された「分身」は、髪が真っ赤に染まっていること以外、名前の持ち主と同じ背格好をしています。
そうして鬼は、どんどん増殖を続けていきます。
奪われた名前を取り戻すには、自分の名前で作られた分身を倒すしかないようです。
一度奪われた名前を取り戻すのは、困難を究めるでしょう。
もし取り戻すことができなければ、次回以降のシナリオでは、
名前のない状態で行動することになってしまいますので、お気を付けを。
鬼との邂逅
あなたは、たまたま噂を耳にして義侠心から赤い鬼を探し、立ち向かうのかもしれません。
あるいは、帰りがけ唐突に、赤い鬼に声をかけられてしまったのかもしれません。
何か不思議な力が、あなたと赤い鬼を引き合わせたのかもしれません。
助けを呼ぶ誰かの声に、居てもたってもいられなくなったのかもしれません。
大切な人が名前を奪われてしまい、助けるために鬼の分身を探しているのかもしれません。
戦うのが好きな赤い鬼は、喜んであなたを待ち構えることでしょう。
皆さんのアクションによっては、シリーズシナリオが進むたび、
新たな謎が解き明かされてゆくかもしれません。
果たして、鬼を倒し、寝子島に平和を取り戻すことができるでしょうか?