「選択肢は残されている」
「支配か、従属か」
「愚王の夢と溶け合えば、彼が全てを蹂躙し取り込んでゆく、征服劇に酔いしれることができるでしょう。あるいは……」
「私はもう……疲れたわ。帰りたい」
「たまらなくくだらないと思っていたあの島へ、今はただ、帰りたい」
淡く煙る紫色の空。あるいは揺れる海面。
そんな世界へ落とされた。
ちりとまぶたの裏をよぎる。いいや、それは陸に生まれた珊瑚礁のごとき眼前の眺望において、うねる海水にも似た重苦しい空気へ映り込む幻像であったかもしれない。
「何を……見せようとしてるのかな。うちらに」
壬生 由貴奈に疑問はない。ただ確固たる意思があり、そして脳を侵す痛みがあった。
光が像を結んでゆく。
「父上のみならず、兄上までも! 吾を侮るか!」
「ユールドゥン・サルラワット・クーラシン王子は未だ幼子ということだ。世界を見よ。世の実を見よ。そのように狭き見識でなんとする?」
「吾を嘲るか! 許さぬ……父上も、兄上も! 姉ども、妹ども……」
「兄を支えよ、弟よ。其方の才は稀代のものだ。さりとて王の器にあらじ。父は遠からず身罷ろう……宰相となりこの兄王を支えておくれ、弟よ」
「宰相だと……! 吾が! この、吾が! 凡愚が、吾を宰相と!」
「己を弁えよ。母の嘆きのいかばかりか、其方は知って……」
「吾の意に染まぬ者があるなど、なんという世の不条理か! 吾は天与の王ぞ、吾は……余は、常世の王なるぞ!!」
「全てが一つになってゆく」
失くした片腕に著しくバランスを欠きながら、ソフィア・マクマスターは細めた双眸で虚空を見据える。
「やがて全てがクーラシンとなる」
これは
続きだ。終わってはいない。
きっと最期の悪夢となるだろう。由貴奈には予感があった。今や賢王の夢境に接続される全ての者たちに、確信はあった。
紫の海面か、はたまた水中の空と呼ぼうか。見上げれば懐かしさが胸にこみ上げる。
こんな光景を目の当たりにするのは初めてだというのに。
「いずれ我々の自我や肉も溶けゆくでしょう。賢王と溶け合い、茫洋の海と化して全てを飲みこむ海嘯の一波となり果てましょう……」
「そんなことには、させらんないよねぇ」
ソフィアを遮る由貴奈の瞳に、青い輝きが灯っていた。燃えるように揺らめく青だった。
「だよねぇ? シスター・ヘレン」
地響き。うねり弾ける電弧。
背に仰ぎ見た巨躯。雷轟帯びる多足多腕の白鯨が、由貴奈へとかしずく。
今や
異形は、由貴奈のものだ。
夢想域をくぐり抜け、異相に身を浸した者たちは例外なく、それらに抗う術を得た。
「全ては今、この時のため」
もはや襤褸切れと変わらぬ修道衣を翻し、ソフィアの剣は宙を突いた。
「屠るのです。暗愚の王を。レッドヒル・マリーもろともに……!」
「了解だよぉ」
異相を討つは異相のみ。
由貴奈も、仲間たちも、とうに変容している。どこにも戻れはしない。
「さ。逝こっか?」
あたかも自ら死を纏う化生のように、由貴奈は道なき道を嗤った。
墨谷幽です。
大変お待たせいたしました……! 『魔女の噛み痕』、完結編となります。
最後までよろしくお願いいたします~!
ガイドには、壬生 由貴奈さんにご登場いただきました。ありがとうございました!
(引き続きご参加いただける場合は、ガイドのイメージに関わらず、ご自由にアクションをかけていただいて構いませんので!)
このシナリオの概要
このお話は、ホラーシナリオ『魔女の咬み痕』シリーズの続き物となります。
前回、前々回にご参加いただいた方はもちろん、
初めての方でも問題なくご参加いただけますので、お気軽にどうぞ!
ふと気づくと、あなたは見知らぬ場所に立っています。
現実から逸脱し、悪夢の世界へ取り残された皆さんは、
脱出と生存をかけた戦いを余儀なくされることとなりました。
あたりには奇怪なクリーチャーたちが跋扈し、動く者全てを殺戮すべく襲いかかります。
皆さんは、三つの夢のいずれかで目覚めます。
目的はただひとつ。稀代の魔女『レッドヒル・マリー』を取り込み、
際限なく己の夢を拡張し現実をも侵さんと企む、『賢王クーラシン』を討つこと。
道は険しく、クリーチャーたちに襲われ無残な死を迎える可能性もあります。
死に抗い悪夢を駆け抜け、王のもとへとたどり着くことができるのは、ほんの一握りであることでしょう。
とはいえ夢はいつか覚めるもの。
今こそ悪夢を晴らし、懐かしいあの島への帰還を果たしてください。
アクションでできること
アクションには、【1】~【3】のうち1つを選び、番号をお書きください。
なお前回、前々回のシナリオにご参加いただいた方は、リアクションでの生存/死亡の結果に応じて、
以下の能力をいずれか1つ発揮することができます。
生存した場合は掌握の能力を、死亡した場合は受容の能力をより色濃く扱うことができます。
必要に応じて、アクションでご指定ください。ただしいずれの能力も、代償は決して小さくありません。
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↑<生存/掌握>
○夢境の編纂
夢想域の理へ干渉し、周囲の地形、天地、時空を操る。
○異相統御
異形の精神に潜行し、強制的に支配下へ置く。
○クーラシン導体
夢想域と限りなく深く接続し、周囲の存在、事象の全てを完全に把握する。
○深淵への遡上
夢想域の深淵をその身に受け入れ、自らを異形と化す。
○マリーの方法論
異形の存在を自在に生み出し、思うままに使役する。
↓<死亡/受容>
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これらに加えて、ろっこんも通常どおり使用することができます。
※このシナリオでは、どの項目を選んでも、PCが死亡する可能性があります。
こだわりの死に様などもお書きいただくと、楽しいかもしれません。
(あんまりエグイのは、ほどほどにマイルドにさせていただきます。あしからず)
※下記に登場するクリーチャーは一例です。
あなたが出会いたい、戦いたい、殺されてみたいクリーチャーを適当に指定してくださってもOK。
【1】死珊瑚の仇野
死滅した珊瑚が延々と横たわる白い大地。各所が海水に浸っており、奇怪な硬骨魚が泳いでいる。
<登場するクリーチャーの例>
○『原生コーラリアン』:クラゲ、イソギンチャク、あるいは珊瑚のような特徴を合わせ持つ人型の異形。
透きとおる儚げな身体と、頭部に髪のような無数の触手を持つ。
○『造礁園芸家メルシェク』:鋼鉄艦を甲冑のように着込む、比類なき巨躯を誇る甲殻類。
目に付く生物を殺戮し、死骸を苗床として一帯に新たな生態系を築こうとしているようだ。
【2】捩れ楼閣
かつては宮殿を飾っていただろう幾つもの尖塔が絡み合い縦横に伸びている。内部には螺旋階段が巡っている。
<登場するクリーチャーの例>
○『寄る辺なき慾』:王を崇めた者たちの成れの果て。肉を失った黒い泥濘に、人体の残滓が垣間見える。
もはや個としては成り立たない群体であり、溶け行く身体を補う同胞を求めている。
○『最後の守人ダイダ』:無数の人骨が絡み合い、取りついた泥濘がそれを操っている。
頂点に位置する頭骨には、歪み錆び付いた冠を戴く。
【3】かの島の昔日
どこかで見たような地理。とある島に息づく素朴な和の町並み。人の気配は感じられない。
<登場するクリーチャーの例>
○『鉄漿付け狐』:狐の胴、日本髪を結った年若い少女の頭部を持つ。
病を媒介する虫と共生しており、獲物を腐食させてから捕らえる習性がある。
○『呆気者弥三郎』:全身に牙持つ金色の獣のごとき者。俊敏に駆け巡り獲物を刺し貫く。
狐も人も同様に屠る習性を持つようだ。何かに迷うように、寂しげに鳴いている。
夢想域最深奥
水底の原風景。あるいは遺伝子が伝える原初生命の記憶。死を超越したほんの一握りの者だけが、王の御座へとたどりつくだろう。
○『賢王クーラシン』:赤い茨の格子に押し込められた、肥大し続ける脳。
致命の一撃を下せば、悪夢は晴れるだろう。
※こちらをアクションで指定することはできません。
【1】~【3】で生存に成功した1~2名のみが登場することができます。
その他
●参加条件
特にありません。どなたでもご参加いただけます。
今回からのご参加も大歓迎です!
●舞台
『賢王クーラシン』の見る悪夢の中。夢境、あるいは夢想域。
●使用可能なアイテムなど
日用品や普段から身に着けているような品物を1つ2つ程度持ち込むことは可能ですが、
大量の物品や、あまり変わった物は持ち込めません。
●NPC
○ソフィア・マクマスター
擦り切れた修道服を纏う女性。剣と銃で武装した熟練のハンター。
片腕を失った。
あちこちでクリーチャーと転戦している。
○レッドヒル・マリー
かつてガラウルガレン神秘大学へと渡った日本人女性。
魔女と呼ばれ、『夢境構築学』を用いてクリーチャーたちを作り出した張本人。
クーラシンに取り込まれ、今やその自我は失われつつある。
○賢王クーラシン
かつて古代都市『タユタラ』を支配した暗愚の王。自身が世を統べる存在であることを決して疑わない。
己の夢境をとめどなく肥大させ、現実もろともに呑み込もうとしている。
●備考や注意点など
※今回のシナリオには参加していないPC、NPCに関するアクションは基本的に採用できかねますので、
申し訳ありませんが、あらかじめご了承くださいませ。
※死ぬのは(たぶん)シナリオの中でだけだと思うので、どなたもお気軽にどうぞ。
以上になります。
それでは、皆様のご参加をお待ちしております~!