切れるような水の冷たさに目を覚ます。
「……っ!? なんだ……」
「私、どうして……ここは」
雫を滴らせながら身を起こしたところで、
鷹司 凜太郎と
スピカ・フォーツは互いを認め、そして固く相手を抱き止めた。
「スピカ、君……? 生きていたのか……!」
「……リンタロウ……リンタロウっ……!」
異形の何者かを孕み、他ならぬ子に屠られた記憶は消えていない。確かにその瞬間は脳裏へ焼き付き、決して薄れてはいない。
ならばなぜ、自分たちはここに在るのだろう。
どこか、深海にたゆたう海水の膜がまとわりつくような、重くぼやけた感触があった。
スピカの破られた腹は繕いの痕すらなくつるりと平坦だが、かすかな痛みを感じ彼女は小さく顔をしかめる。
それに全身は濡れていても、腕の中に灯る体温までも幻想の産物だとは思えない。
「ようやく夢から醒めた……そんな顔をしてますね。あなたたち」
降りそそぐ声は重たい湿り気や艶を帯び、銀幕の向こうで嘆く熟達な女優のようだ。
「でも、まだ。まだ続いてる。この悪夢を晴らすために、私はここにいるのだから」
石畳へ突き立つ柱の残骸に、修道服の成れの果てといった襤褸を纏う、疲れた表情の女が腰かけていた。
顔立ちは端正でありながらも女の顔は汚れ、口の両端には裂けたような傷痕が弧を描き、虚ろな微笑みを形作っている。
スピカが首を巡らせると、頭上の星空にはオーロラのカーテンが絶えず翻っている。
あたりを見回せば、どうやら街だ。生え伸びるように、尖塔を頭にかぶった石造りの建造物が乱立している。
アジアの仏閣めいた意匠を施された建物たちにはいずれも明かりひとつなく、ただただ紫色のしじまへと沈んでいるのみだ。
石畳の地面は一面が浅く浸水している。
重たく染み入った服は、凍り付きそうに冷たい。
「ここは、どこなんだ? あなたは……?」
凜太郎は訳知り顔の女へと尋ねた。無論、警戒を解かぬまま。スピカと顔を合わせると、彼女は目配せをした。
よく見ると女は腰に長い剣を一振りと、半ば錆びついたオートマチック式拳銃を提げている。
「尋ねるべきはこちらではありませんか? とうに遺棄されたはずのこの街へ幽鬼のごとく現れたあなたたちを、私にどう受け止めよと?」
立て膝にあごを乗せ、女はからかうように言う。
が、しばし二人の身なりを不躾に眺めた後に、やがて女は気怠いそぶりで、肩をすくめながら告げた。
「……かのガラウルガレン神秘大学より
レッドヒル・マリーが解き放たれてから、幾年月が経ったでしょう。おぞましき闘争は街へと広がり、住人もろともに
タユタラを魔の都へと変えたのです」
「タ・ユ・タ・ラ……? それがここの名前、なの……?」
ややかすれたスピカの問いに、女は曖昧な笑みをこぼす。
「父の足跡をたどり、この街へと流れ着きました。出ること叶わぬと知らぬまま。私はソフィア。
ソフィア・マクマスター。デュボア学派の遺志を継ぎ、魔女への鉄槌を下さんがため、私はここにいるのです」
女が不意に手を翻すと、二人の足元を浸す水面に波紋が湧き立ち、集光する鱗粉か霧のごときものが人の像を形作ってゆく。
像は揺らめきながらも、学徒風の若い青年の姿を模っている。
「ああ……知的欲求が尽きない。
わたし、生きているんだわ。
さあ、この魔術で何を成し遂げようかしら? くふふっ」
その時、深海よりの呼び声のごとく奇怪な叫びが青年の像をかき消し、二人の身をも震わせた。
あの埒外の異形が、この街にも徘徊しているのだろうか。
目に見える全てが夢想の産物であろうと、身を苛む痛苦は紛れもなく真実だ。
互いのぬくもりもまた。凜太郎とスピカは自然と手のひらを合わせ、互いを繋ぎ止めた。
「次は、必ず君を守る。いいや」
「……うん。生き残ろう……いっしょに」
「ああ。いっしょに」
彼らはさらなる深層へと潜航する。
覚醒へと至る道程は、まだ遠い。
墨谷幽です。よろしくお願いいたします!
ガイドには、鷹司 凜太郎さんとスピカ・フォーツさんにご登場いただきました。ありがとうございました!
(引き続きご参加いただける場合は、ガイドのイメージに関わらず、ご自由にアクションをかけていただいて構いませんので!)
このシナリオの概要
このお話は、ホラーシナリオ『魔女の咬み痕』の続き物となります。
前回ご参加いただいた方はもちろん、初めての方でも問題なくご参加いただけますので、お気軽にどうぞ!
ふと気付くと、あなたは見知らぬ場所に立っています。
放棄された街『タユタラ』は、どこか東南アジアの仏教都市風の趣きを持ちながら、
中心部にはビルのように高い建築物が建ち並び、さながら迷路のような構造を形作っています。
いくつかの区画に分かれていますが、いずれにも自分たち以外の人の気配は感じられません。
街には奇怪なクリーチャーたちが徘徊しており、生きている人間を見つけると、
惹きつけられるように襲いかかってきます。
皆さんは、四つの区画のいずれかで目覚め、この悪夢のような場所からの脱出を目指し、行動することになります。
鍵となるのは、謎多き人物『レッドヒル・マリー』の足跡をたどること。
前回の舞台であった魔術の学び舎、『ガラウルガレン神秘大学』の魔女である彼女こそが、
街を異形の巣窟へと変えた張本人であり、その行く先を追うことが脱出の足掛かりとなるでしょう。
もちろん道半ばにクリーチャーたちに襲われ、無残な死を迎えてしまう可能性もあります。
死に抗いながらもあちこちに散らばる情報を集め、脱出を目指してください。
アクションでできること
アクションには、【1】~【4】のうち探索したい場所を1つ選び、番号をお書きください。
なお、前回のシナリオにご参加いただいた方は、リアクションでの生存/死亡の結果によって、
以下の能力をいずれか1つ発揮することができます。
必要に応じて、アクションでご指定ください。ただし、発動には決して軽くない代償を伴います。
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<生存した場合>
異形の襲撃を生き抜いたあなたは、その接近をいち早く察知し、危険を遠ざける術を得た。
○望まぬ共感
接近する異形の存在を本能的に感知する。激しい偏頭痛のような痛みとして発現する。
○異相交信
異形と同調し、意思疎通や害意の喪失を試みる。同調が深まり過ぎれば精神に異常を来す。
○啓示への紐解き
身体の一部へ異形の特質を発現させる。その対価は、自身の命である。(変化は自由指定OK)
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<死亡した場合>
死を経験したあなたは、夢想域により深く接続され、そこに潜む真理を見い出す術を得た。
○マリーの残り香
レッドヒル・マリーが残した痕跡から情報を読み取り再生する。
逆流する思考に自我を侵食される可能性がある。
○淀んだ索
目的に至る道程を光の標として視る。物理的な視覚を失う可能性がある。
○水底の残響
かつて街に暮らした人々の最後を読み取り再生する。
同調が深まると、対象の苦痛や外傷がフィードバックする可能性がある。
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※このシナリオでは、どの項目を選んでも、PCが死亡する可能性があります。
こだわりの死に様などもお書きいただくと、楽しいかもしれません。
(あんまりエグイのは、ほどほどにマイルドにさせていただきます。あしからず)
※下記に登場するクリーチャーは一例です。
あなたが出会いたい、戦いたい、殺されてみたいクリーチャーを適当に指定してくださってもOK。
【1】プーラナーガラン寺院
街の一角の広大な敷地を占める寺院。あちらこちらに転経器(マニ車)が備え付けられています。一般的な仏教寺院に見えるものの、仏像のようなものは見られず、礼拝の対象は奥に秘されているようです。
<登場するクリーチャーの例>
○『法悦するコーラリアン』:クラゲ、イソギンチャク、あるいは珊瑚のような特徴を合わせ持つ人型の異形。
透きとおる儚げな身体と、頭部に髪のような無数の触手を持つ。街全体に、おびただしい数が確認できる。
○『最後の学徒シンダールヤット』:クリオネのような身体を持つ男。たなびくローブを羽織っている。
手の届かない宙から獲物を見定め、開口する頭部から触手を伸ばして捕食する。
【2】睡蓮街
恐らくは住人が暮らしていたのだろうと思われる区画。歪な形の家々は高層マンションのように背が高く、周囲の道は狭く、非常に入り組んでいます。
どこからか水が入り込んでおり、低所のほとんどが水没しています。
<登場するクリーチャーの例>
○『ユメムシ』:針金のように細い脚のみで構成された蜘蛛。主要器官は全て脚の中に存在する。
獲物に寄生して悪夢を見せ、高層にある安全な巣へ誘導してから、じわじわと血液を吸い上げる。
○『排外主義者ペマ』:イソメのような、全長数百メートルの長大な身体を持つ。
甲殻の表面には無数の槍が生えており、人間の亡骸がいくつも突き刺さっている。
【3】異端教区
斜面に西洋風の建築物が並び、奥には崩れかけた教会があります。外周部には墓地がありますが、多くの墓はほじくられたように暴かれています。
<登場するクリーチャーの例>
○『雷鯨』:人の手足を持つ鮫か小型の鯨のような生物。電撃で獲物を捕らえ食いちぎる。
○『伝道する聖母ヘレン』:何本もの手足を持つ、シロナガスクジラのような生物。雷鯨を従えている。
恐るべき電撃を放ち、炭化するまで焼き焦がした獲物の残骸を大口で吸い上げる。
【4】クーラシン王宮
もとは豪奢な作りであったのだろうと思われる、廃墟となった王宮です。一階部分と周囲は完全に水没しており、外部とは櫂付きの小船で行き来します。
内部は脈打つ珊瑚のような物体に侵食されており、床、壁、天井のいたるところを覆っています。
<登場するクリーチャーの例>
○『肉なき者』:何らかの手段により肉体を奪われ、影だけが残された者たち。
獲物の影の中に潜み、背後から刃を突き立て、息絶えた者を同胞と化す。
○『賢王クーラシン』:異様に肥大化し分裂した複数の頭部を持つ男。
ある種の念動力や精神感応力を有し、超常的な現象を引き起こす。
そのほか、上記と合わせて、
・恐怖耐性
・ホラー映画好き?
等もお書きいただけましたら、執筆の参考にさせていただきます~。
その他
●参加条件
特にありません。どなたでもご参加いただけます。
今回からのご参加も大歓迎です!
●舞台
東南アジアのどこかにあるとされる街、『タユタラ』。
高い山々に囲まれた窪地に隠されている、知る人ぞ知る街です。
古くから神秘的、魔術的なものと縁深い土地で、街はずれには『ガラウルガレン神秘大学』があり、
多くの学徒を受け入れてきました。
なお、日用品や普段から身に着けているような品物の持ち込みは可ですが、
大量の物品やあまり変わった物は持ち込めません。
●NPC
○ソフィア・マクマスター
擦り切れた修道服を纏う妙齢の女性。剣と銃で武装しており、熟練のハンターであるようです。
あちこちでクリーチャーたちと戦いながら、レッドヒル・マリーの行方を追っています。
街の全域で出会う可能性があります。襲撃から助けてくれたり、助力してくれたり、
知っている知識や情報を語ってくれることもありますが、彼女はかなり気まぐれです。
○レッドヒル・マリー
かつてガラウルガレン神秘大学へと渡った日本人女性。魔女と呼ばれ、クリーチャーたちを作り出した張本人。
死亡したはずでしたが、リヒャルト・エドムンド・フランツという青年の中に再誕した後、姿を消しました。
現在の行方は不明です。
●備考や注意点など
※今回のシナリオには参加していないPC、NPCに関するアクションは基本的に採用できかねますので、
申し訳ありませんが、あらかじめご了承くださいませ。
※死ぬのは(たぶん)シナリオの中でだけだと思うので、どなたもお気軽にどうぞ。
以上になります。
それでは、皆様のご参加をお待ちしております~!