さてその日、寝子島高校2年普通科に在籍する少女、志鳥 紫乃(しどり・ゆかりの)が山に足を踏み入れたのは偶然だった。
今朝、歌の練習のため学校に行こうと桜花寮を出て、まっすぐ歩いていたらなぜか行く手に山へと続く道があったのだ。もちろんその時点では紫乃に、これが山に登る道だということはわかっていなかったが、わかっていたところで彼女の中に戻るという選択肢はなかっただろう。
というのも紫乃は、実は1度行ったところはもちろん学校の中でだってしょっちゅう迷子になっているほどの方向音痴だ。しかも、少々いつもと周りの景色が違ったところで、とにかく進んでさえいればどこかにたどり着けるだろう、と思っている。
おまけに最近は悪いことに、と言うと問題があるかもしれないけれども悪いことに、紫乃はようやく学校と寮の行き帰りであまり迷わなくなったところだった。寮に入ったばかりの頃は真面目に帰りつけない日々が続いたが、最近は時間さえかければなんとか帰り着けるのだ。
これは、長い方向音痴人生を歩んできた彼女にとって、かなり自信のつく事実なのは言うまでもない。どのぐらい自信がついたかといえば、自分の方向音痴はすっかり治ったと実家の両親に自慢して、何を言ってるんだこのバカ娘はと冷たい返事が来て軽く落ち込んだくらいだ。
閑話休題。
そんな訳で紫乃は、特に疑問も感じないままてくてくてくてく、本人の認識では学校に、実際には学校の裏山に向かって歩き続けた。時間をかければたどり着けるとはいえ、毎回学校に向かう道のりの景色は違うので、疑問を感じようがなかったともいう。
――が。
「これは、久々に迷いましたか……?」
歩き始めて1時間半、山に踏み入ってから1時間。冬とはいえ緑深まる一方の景色に、さすがに紫乃は足を止めて、辺りをきょろ、と見回した。うーん、と右手に持ったスマホの地図を穴が開くほど見つめたけれど、それでわかるならそもそも最初から迷っていない。
それでも、いつも出かける時には必ず表示している地図をぐるぐる回し、ついでになぜか自分もぐるぐる回ってみたら、向こうの茂みに赤いものが見え。
「あら? あれは……フユイチゴです……!」
なんだろう、と小首を傾げた紫乃は、正体を知って思わず歓声をあげ駆け寄った。フユイチゴはこの時季に山で見られる果物で、よく熟れていたらそのままでも美味しく食べられるけれども、だいたいはジャムにして食べるのだ。
実家でよくお母さんが作ってくれたと、紫乃は嬉しくなる。それから、帰ってくるのに迷ったら大変だからと両親に言われ、夏休みも、今の冬休みも寮に居残って寂しかったことも思い出し。
「ジャム、って作ったことありませんけれど、きっと何とかなりますよね」
なんだか懐かしい気分で紫乃は、いそいそとフユイチゴを摘んでカバンの中に入れ始める。自分が迷っている最中だということは、完全に忘れていた。
初めまして、またはいつもお世話になっております、蓮華・水無月と申します。
前作までは『水無月 深凪』の名でお世話になっておりましたが、ゆえあって、今回からこちらの名前になりました。
中身は変わっておりませんので、初めましての方もお久しぶりですの方もどうぞ、よろしくお願いいたします。
さて、今回は山に迷い込んだ女子高生を救出――と見せかけて、フユイチゴのお話です。
水無月自身は食べたことがないのですが、ジャムにすると美味しいのだとか。
そんなフユイチゴをたくさん採って、ジャムやお菓子にして食べてみませんか、というお話。
紫乃が迷っている山は、実は学校から歩いてすぐぐらいにある裏山ですので、お散歩に来たらフユイチゴを見つけた、フユイチゴを採るために山に来ていた、走っていたら通りがかったなど、ご自由に設定して頂いて構いません。
迷子中の紫乃は、絡んで頂いてても、頂かなくても大丈夫です。
絡んでいただく場合は、関係性は無理のない範囲でご自由に設定して頂いて構いません。
桜花寮所属、2年3組普通科となっております。
お料理する場所については、特にご希望がなければシーサイドタウンの近くにあるカフェ&雑貨屋『somnium』のオーナー夫婦が偶然行き合って、お店の厨房を貸してくれるかもしれません。
それではお気が向かれましたら、どうぞよろしくお願い致します。