――この人形だ。これが私に、力を与えてくれる。
森山 尚子は、箱から取り出した人形を手に、胸に呟いた。
長く伸ばした前髪のせいで、片方しか見えていない目が、熱を帯びて、爛々と輝いている。
彼女が手にしているのは、腕にすっぽりと納まるぐらいの少女の人形だった。
が、人形の姿は異様だった。
真っ黒な肌に黒い髪、まとった衣服も黒く、しかもその顔は目と口が縫い閉じられている。
人形は、通称『黒い人形』と呼ばれていた。
寝子島の一部のひとの間で、ろっこんを与えてくれるものだとの噂があるという。
尚子にその噂を教えてくれたのは、従姉の早川 里美だった。彼女がただ一人心を許し、なんでも相談して来た相手だ。
(本当に、ろっこんを得ることができるのだろうか……)
そんな里美の言葉であっても、最初に聞いた時には、半信半疑だった。
目の前でろっこんの発動を見て、それについてある程度理解しているひともいるだろうが、尚子は一度もそうしたものを見たことがなく、これまた噂でしか聞いたことのないものだった。
けれど、得られるものなら、欲しい――と強く思った。
そして。まるでその願いを誰かが聞いていたかように。ほんの三日前、たまたま覗いたネットのオークションで、この人形が出されていたのを、落札したのだ。
届くまでは半信半疑だったが、箱から出て来た人形を見て、彼女は確信した。これこそ、『黒い人形』だと。
くくく……と、彼女の喉から低い笑いが漏れる。
「待っていなさい、夏目 麻衣。……私をいじめた報いを受けるのよ」
押し殺した声で呟くと、彼女は人形を抱きしめた。
そう、彼女がこれを手に入れた目的は、中学時代、自分をいじめたクラスメートに復讐するためだった。
彼女は顔を上げると、ついと前髪を掻き上げた。その下から現れたのは、半ば焼けただれ、無残な傷痕となった半面だった。
それは、中学三年の二学期最後の日、彼女がクラスメートたちから受けたリンチによって得たものだった。
傷を治すには莫大な金が必要だった。
当時、警察への被害届も出したものの、加害者を含めたクラスメート全員が口をつぐんで事件については語らず、学校も外聞を憚って事件をもみ消したがっていた。結局、犯人たちは捕まらず、彼女は泣き寝入りするしかなかったというわけだ。
そして、その事件のあと尚子は家族と共に、寝子島に越して来たのだが――彼女は家に引きこもり、ひたすら犯人たち、殊にリーダー格だった夏目 麻衣への復讐方法を模索し続け、この人形にたどりついたのだった。
彼女の笑い声は、低いものから次第に、神経質でどこか病的なものへと変わって行く。カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中に、その笑いは哄笑と化して響いて行った――。
+ + +
『非公認オカルト研究会』――その会は、猫鳴館の洋館の中にあった。
すでに太陽は西に傾きかけ、部屋の中はずいぶんと暗い。
そんな中、早川 里美は切羽詰った顔つきで、室内に集う面々を見回すと、口を開いた。
「みんな、集まってくれてありがとう。……実は、みんなに力を貸してほしいことがあるの」
里美は、この研究会の会員であると共に、元猫鳴館寮生――つまりは、寝子高OGだった。そのせいか、彼女が声をかけたのは同じ会員だけだったにも関わらず、そこには研究会とは関係のない者も混じっていた。
彼女は続けた。
「……私の従妹の森山 尚子が、中学時代に自分をいじめたクラスメートに復讐するために、『黒い人形』を手に入れたの。まさか、彼女がそこまで思い詰めているとは考えもしないで私、人形のことを彼女に教えてしまった。……昨日、彼女は私に電話して来て、言ったわ。まずは今夜、リーダー格だった夏目 麻衣の所に行くって。復讐なんてやめてと説得したけれど、彼女は考えを変えなかった。だから、彼女を止めるのを、みんなに手伝ってほしいのよ」
そして彼女は、『黒い人形』がどういうものかを改めて説明すると、すでに尚子は家を出て、標的である元クラスメート・夏目 麻衣の住む鎌倉に向かっていること、鎌倉に着いたら麻衣の住むアパートに潜んで彼女を待ち伏せして襲う計画であることを話す。
集まった面々は、それを聞いて思わず顔を見合わせたものの、了解してうなずくのだった。
+ + +
その同じころ。
「なんか面白い噂が出回ってるよぃ」
スマホでねこったーのタイムラインを眺めながら言ったのは、
骨削 瓢だった。
「面白いって、どんな噂ですか?」
尋ねる
エレノア・エインズワースに、瓢はスマホの画面を示す。
覗き込んだエレノアの視界に入ったのは、『黒い人形』に関する呟きの数々だった。
『その人形があれば、ひとでもろっこんを持てるって、本当かな』
『偽ろっこんだろ』
『ろっこん持てても、最後は廃人だってよ』
『もれいびが持ったら、ろっこんが変わるって聞いたことあるぞ』
『ろっこんとか、神魂とか、厨どもの妄想だろ』
『ろっこんは、本当にあるよ』
そんな呟きの中には、いったい誰がどうやって知ったものか、寝子島の人間が人形を手に入れたらしいというものや、一部が伏せられているが森山 尚子の名前らしいものも見受けられる。
『そいつ、中学の時、めっちゃいじめられてたんだってさ』
『ろっこん手に入れたのも、恨みを晴らすためだったりしてな』
半信半疑のものもあれば、面白がって煽るだけのもの、頭からバカにするものなど、呟きは、さまざまだった。
「『黒い人形』……噂は聞いたことがあります。たしか、ひとが持てばろっこんが与えられ、もれいびが持てば、今ある力を変えることができる……とか。それが今、この寝子島に?」
画面の呟きをざっと読み下し、エレノアは尋ねる。
「そういうことだねぃ。……案外、さっきの『非公認オカルト研究会』の招集メールも、それ関係かもしれないねぇ」
にっと笑ってうなずく瓢に、エレノアは軽く顎に手をやった。
「自分のろっこんに不満がなくても、違う力に変わるとしたら……それはそれで、面白いかもしれませんね」
低く呟いて、彼女は更に何事か考え込んだ。
その間にも噂は、ねこったーだけではなくねこ島chを通じて、駆け巡り続けていた。
骨削 瓢さま、エレノア・エインズワースさま、ガイドへの登場、ありがとうございました。
マスターの織人文です。
今回は、少しダークな内容のガイドを用意してみました。
主目的は、尚子に復讐を辞めさせることですが、それ以外の目的(自分自身のために人形を奪う、逆に尚子の復讐を手伝うなど)で行動することも自由です。
また、依頼は『非公認オカルト研究会』に持ち込まれたものですが、ガイド本文にもあるとおり、会と関係なくても問題ありません。どなたでも参加いただけます。
もちろん、ネット上の噂を聞いて――というのも問題ありません。
●『黒い人形』について
持ち主のマイナスの感情を増幅し、持ち主がひとの場合は、疑似的なろっこん能力を与える。持ち主がもれいびの場合は、本来のろっこんが別の形にゆがめられる。
持ち主はいずれは心を病んで、廃人になるとも言われている。
====== 以下、PLさま情報です。=========
●人形による疑似ろっこんについて
本物のろっこん同様、人によってさまざまですが、尚子が得たのは、以下のようなものです。
ろっこん名:かまいたち
発動条件:「消えろ」と言葉にする
能力:自分を中心として半径3メートルの圏内に、いわゆる『かまいたち』を発生させ、自在に操ることができる。
●NPCについて
・森山 尚子
17歳。シーサイドタウン在住。
中学3年の2学期に、クラスメートからのリンチ(いじめ)によって半面を怪我し、その後、家族と共に寝子島に引っ越すも、ずっと引きこもっている。
中学は、面倒を嫌う学校側が追い出すように卒業させたが、以後、高校には通っていない。
ネット上では別人になりすまし、麻衣たち元クラスメートに関する情報を集めていた。
・早川 里美
20歳。現在は木天蓼市内(本土)在住。大学生。
寝子高OGで元猫鳴館寮生。オカルトマニアで、『非公認オカルト研究会』の会員。
尚子の従姉で、これまで彼女の相談に乗って来たが、復讐計画を知って止めようとしている。
・夏目 麻衣
17歳。鎌倉在住。
尚子の中学時代のクラスメート。現在は鎌倉で一人ぐらしをしながら高校に通っている。バスケット部員。
部活で夜遅くなることも多い。
=== 以上 =====================
それでは、みなさまの参加を、心よりお待ちしています。