【女王のパンツ】

　芽森 菜々緒は激怒した。
「私のお気に入りのパンティーが、盗まれたわ！」
　しかも１枚だけではなく、何枚も。
　たまたまベランダに干していただけなのに。
　星ヶ丘寮に引っ越して間もないのに、とんだ災難である。
「以前、星ヶ丘寮で下着泥棒が捕まったらしいけど、またその類かしら？」
　思案する菜々緒のもとへ、１本の電話が。
　相手は霧生 深雪。
　引っ越してから何かと近所付き合いをするようになった。
「ごきげんよう、深雪君。どうしたの？」
「菜々緒、何か被害に遭っていないか？　街中にピンクスーツの変態どもが悪さしているらしい！」
「そのことだったら……」
　菜々緒はスマホを力一杯握り締めた。
「もう、手遅れよ」

「お、きたきた」
　菜々緒を視認すると、霧生は手を振って早く合流するようにと急かす。
　菜々緒も周囲を確認しながら駆け寄ってきた。
『災難でしたね……』
　道中、霧生に助けられた浅山 小淋が筆談で菜々緒に話し掛けてきた。
「気を付けろ、菜々緒。浅山もさっき、PECと風紀委員の抗争に巻き込まれるところだったんだぜ」
　聞けば、浅山が図書館で本を返却し終えたあと、ピンクスーツを来た小柄な女の子を目撃。
　すごく心当たりがあるその人物に、浅山のトラウマが蘇ってしまった。
　ひっそりと姿を消そうとしたところ、八神と邪衣に出食わし、一緒に戦う羽目に！
　ってところで霧生が通り掛かり、こっそり浅山を連れて脱出。
　心配になった２人は菜々緒に連絡して、今に至るというのだ。
「えっと、念のため確認するけどよ……」
　霧生は頬を染めながら、気まずそうに口を開く。
「菜々緒は、パ、パンツ、盗まれたんだよな？」
　霧生も一端の男子。
　女子２名の前でパンツをこれから連呼しなければならない事態が恥ずかしくてならない。
　だが、菜々緒は案外、平気でこれを連呼する。
「そうよ。私が大切にしていたパンツを根こそぎ盗まれたわ。ブラジャーも干していたのに、パンツだけよりすぐって盗られたの。そんなにパンツがいいのかしら？　他人のパンツを盗んで何が楽しいのかしらね？」
『菜々緒先輩、顔が怖いです』
　浅山は努めて菜々緒を落ち着かせようと試みた。
【心の声：今の菜々緒先輩は『女王』という別の人格です。殺人鬼人格ではありませんが、注意深く動向を見守る必要がありますよね……】
　以前のナナオとは理解できるまで至らなかった。
　だからこそ、浅山は『女王』と少しでも寄り添って理解を深めたいという考えだ。
　今回の騒動で彼女に連絡を入れたのも、そういう心境があるからである。
　一方、霧生はというと。
「てか、女の子がパンツを連呼するなよ……」
　聞いていた彼自身が真っ赤になっていた。
「俺さ……、エロとかそういうの、苦手なんだよ」
　ポツリと漏らす霧生。
　既に今の時点で目を泳がせているのだから、本当に耐性がないのだろう。
「でも、菜々緒の被害状況を確認したいとだよな……。えっと…お気に入りのし、下着、どんなの穿いてたんだ？　べ、別に変な意味とかねぇからな！」
　一般的な男子の発言なら問答無用でぶっ飛ばされる内容だが、モジモジするウブなイケメンだといやらしく聞こえないから不思議だ。
「教えてくれ。菜々緒の……パンツの色、とか……形、とか……」
『霧生先輩だからセーフですね』
　浅山もイケメンの発言なら許容できるようだ。
　それに対し、菜々緒は割とあけすけに答えるのであった。
「盗まれたのは７枚。７色のパンツよ。赤色の苺柄レースパンツ、橙色のメッシュパンツ、黄色のひまわり柄ローライズパンツ、緑色の鯉の魚拓プリント紐パン、青色の縞柄パンツ、藍染のシースルー褌、紫色のTバックよ。紫色はベビードールも付属で付いているの。こっちは盗まれなかったけど……」
『それって、まさかレインボーパンツ？』
　浅山の問いに、菜々緒が初めて恥ずかしそうに頬を染める。
「か、被ったりなんてしないわよ？　被ってソーラン節を踊るなんて噂はデタラメなんだから。……盗まれたパンツ、とある下着メーカーの先行販売品なの。いわば試作品で、まだ市場に流通していないわ。そして私がそのモニターというわけ。興味半分で“以前の彼女”が購入したのだけど……」
「菜々緒、バリエーション凄すぎて、俺、何も言えねぇ……」
　霧生は目を白黒させながら情報をひたすら脳に詰め込むことしかできない。
（そういえば、俺の弟も青色というか水色の縞柄パンツを穿いていたな……）
　霧生の弟（本土在住）は男の娘である。
（きっと流行っているんだろうな、縞パンツ……）
　霧生の心に『女子と男の娘はボーダー柄パンツを好む』という情報が深く刻まれた瞬間である。
「つまり、菜々緒のパンツが本物のレインボーパンツってことか？　でも、七色に光るって話だぜ……？」
「深雪君の疑問はもっともだわ。私も最初、目を疑ったもの」
『どういうことでしょう？』
「小淋ちゃん、レインボーパンツは１枚１枚は凄く生地が薄くて、保温性なんて皆無なのよ。しかも単体だとほぼ丸見えだから一切隠せないわ」
　浅山は思わず恐怖した。
　震える文字で菜々緒にツッコミを入れた。
『穿いている意味が無いじゃないですか……！　むしろ穿いていないのと同じです！』
「だからこそ、７枚を重ね穿きした時に初めて完全なる保温機能とフィット感を実現できるのよ。そして、光に当たると透け感のある素材同士が反射して七色に輝くの。……これを作ったパンツ職人は、きっと筋金入りの変態ね」
　最後の方を吐き捨てるように菜々緒は言葉を漏らした。
「だから入手困難とか、幻とか言われていたのか……」
　霧生は納得しながらも「どうしてこうなった」と頭を掻きむしった。
「とにかく、菜々緒のパンツを盗んだ奴はきっと、その情報をどこかで仕入れて狙ったんだろうな。そしてPECって奴らがまだ暴れているってことは……」
『まだPECは菜々緒先輩のパンツの存在に気が付いていないですね！』
「そして菜々緒のパンツを盗んだ真犯人がいるってことだ」
『つまりPECは下着泥棒と無関係、濡れ衣ということに……！』
　霧生と浅山はいち早く真相にたどり着いた！
　どうでもいい真実だが、PECの耳には絶対に入れてはならない。
　あいつらは一度、キツイお灸を据えるべきだ。
　浅山と霧生の見解は一致した。
「このことは、私たちの間だけに留めておきましょう。私自身、自分のパンツのせいで島中を騒動に巻き込んだと知れたら、流石に恥ずかしくて寮へ戻れないわ……」
　女王ナナオ、パンツが気懸りで今にも絶望しそうだ。
　浅山がそっと彼女の肩を抱き寄せると、菜々緒も無言でひしっと抱きついたのだった。
　霧生、百合の薫りがする隣に赤面しつつ、力強く２人に告げた。
「そうと分かれば、すぐにでもパンツ泥棒を探さねぇと。菜々緒と浅山は俺が必ず守るからな！」
　霧生のイケメンオーラがこれでもかと発散される。
　だが、浅山は１つ注文を付けた。
『霧生先輩、１つ作戦があるのですが』
　その表情は真剣だ。
「ん、なんだ浅山？　名案でも思い付いたのか？」
　霧生はアイドル顔負けの爽やかな笑顔で答えた。
　浅山はペンを走らせて、恐る恐る提案内容を霧生と菜々緒に見せた。
「あら、いい作戦じゃない？」
　菜々緒の目が輝いた。
　一方、内容を知った霧生は断固拒否！
「ぜってーやらねぇからな！」
「そんな、私たちを守ってくれるって、冗談だったのね……」
　菜々緒は上目遣いで霧生を見詰めた。
（そんなこと言われたら……、やるっきゃねーじゃねーか!!）
　彼は両手を挙げて降参した。
「……分かったよ、好きにしろよ……」
　霧生が観念すると、菜々緒と浅山が彼の両脇をガッチリ捕まえると、一旦星ヶ丘寮の菜々緒の部屋へＵターンすることに。
　心なしか、女子２人の生き生きとした表情が恐ろしく思えてくる霧生であった。