●猫鳴館に静かな夜なんて基本的にない（その１）

　御手洗 孝太郎が声をあげる。
「昔話にどうあろうとも、いまここの地下にいる〈ねず〉が俺たちの好ましい隣人かどうかは不明だぜ！」
「理屈なんかどうでもいいよぃ。みんな、ネズミにあちこちやられてうんざりしてるんだ。いい加減、うっぷん晴らししようじゃないかい！」
　骨削 瓢の言葉に、おおー！　待ってました！　と盛り上がる大部屋。
　孝太郎が作戦を授ける。
「いいか皆の衆、我々はインペリアルクロスという陣形で戦う。伊賀、大田原、御影先輩がネズミをおびき寄せ、骨削、邪衣、俺がネズミを追い立てる。雨崎の部屋を中心に４方向に別れ、鼠を部屋に押し込むように追い立てるのだ」
「いんぺれあれくれ……まあ良いわ、最終的に雨崎殿の部屋に集めるという訳じゃな？」といいな。
「そうだ。雨崎は例の殺鼠剤……もとい、鼠気絶薬『ネズミ・マストダイ』を準備して部屋で待機。俺たちがネズミを雨崎の部屋に追い込んだら『ネズミ・マストダイ』を始動、雨崎はすぐさま脱出。ネズミを殲滅する」
『殲滅じゃなくて、気絶させるだけ！』とシオンがメモをかざしているが、みんな殺気立っていて見ていない。
　改めて、対ネズミ班のメンバーを確認しておこう。雨崎 荒太郎、伊賀 解理、大田原 いいな、骨削 瓢、御影 シオン、御手洗 孝太郎、邪衣 士の７名である。
「なんだか最近ネズミが増えていない？」
　そういいながらふつうに戸を開けて入室した藤堂 月乃は、大部屋の雰囲気の異様さに一瞬立ち竦んだ。
「あ、れ？　みんなどうしたの？」
「対ネズミの作戦会議中じゃ。月乃殿も、仲間に入るか？」いいなが尋ねる。
「おお、それがいい。ちょうど４方向のうちの一方が足りないところだった」
「えっ、う、うん。私も早くなんとかしなくちゃって思ってた。私のストックのお菓子が取られたら困るし……よし、ネズミ取り、手伝うよ！」
　こうして対ネズミ班は月乃を加えて８名で。
「ローラー作戦開始だ！」

◆

　逆巻 天野は、一旦自室に戻ることにした。電話が途中で切れた龍目部長のことは心配だが、とりあえずネズが発見され目的を果たしたためだ。あちこち探して埃だらけになってしまったし着替えでも、というつもりだった。そして、ハンモック以外何もないはずの自室に、男がいるのを目撃した。緑のコートに三つ編みの男だ。天野は入り口に凭れ掛かり、腕組みをしながら声を掛ける。
「そこで何をしてるの？　下着泥棒さん」
　前科はあるときいた。
　草薙 龍八はびくっとして振り向いたが、すぐに動揺を取り繕う。
「ふ。何を隠そう、俺はこの猫鳴館の穢れを払っているのだ」
　龍八の傍らには主に肌色の表紙の本がどっさりと入った袋がある。
「おあいにく。僕の部屋にはないよ」
「ふん、たしかに見当たらない。だが、こいつを人質に取られてはどうかな」
　龍八は勝ち誇ったように、白い布を取り出す。
「なっ！」
　天野は、かあっと頬を染めた。なぜなら、あろうことか、それは……。
「ククク……逆巻天野、下着は褌派とはな……。本当にエロ本はないのか？　あるだろう、男なら。さあ、この褌を返してほしくば、大人しく出すのだ」
「ふざけんな！」
　天野は龍八に飛びかかろうとした。
「そんな頭に血がのぼったやつに捕まるか！」
　龍八は見事に天野を躱すと、ハハハハハ！　と笑いながら走り去ってゆく。あれだけのえっちな本を抱えながら、すごいスピードだ。忍者の早駆けの訓練に長い布を地面につけないように走るというものがあるそうだが、まさに、龍八の走りは忍者のそれ。白い褌が床に着くことなくはためいて、廊下の角を消える。
「こら、待てっ！　っていうか、俺の褌返せっ！」
　天野は真っ赤になって龍八を追った。

◆

　寮の中は、バタバタと駆けまわる音がしている。
「対ネズミ作戦が始まったのかなー？」
　そのわりには、なんだか、エロ本が、とか聞こえるなあと思いつつ。
　食堂の穴の周りでは、いよいよ社を再建しようと初島 優と、佐藤 英二が精を出していた。英二は写真を撮ってから、崩れた部分を片付けたところだ。
「材料は寮の補修用の木材使わせて貰うとして、床下に収まる大きさで……材木が腐っちゃうと困るから釘は使わず……後穴を塞ぐ時に床下収納的な感じに床板が開く様にしておこうー」
　そういいながら、優はノートにざっと描いた設計図を英二に見せる。
「……こんな感じでどうかなー？　電話できいた御剣くんのアイデアのとおり、神さまのお社っていうより、人形のおうちみたいなかんじで」
　そのとき、龍八がバタバタと廊下を走り抜けた。
　その後ろを、龍八に部屋のえっち本を根こそぎやられたことに気づいた男子および一部の女子が追いかけている。怒り具合はかなりなものだ。
「俺のエロ本返せ！」
「先輩から受け継いだ秘蔵本だぞ！」
「っていうか、俺の褌……はあ、はあ」
　台所から夜食を作っていた雪見 大福が包丁片手に飛び出してくる。
「ちょっと待ておい！　おいお前！　そこの怪しい緑コートのお前だっつーの！」
「危ないな、怪しいやつめ」
「いや俺は怪しくねーよ！　ここの住民だよ！　包丁持って鬼気迫る表情で走ってきたってだけで察しろよ！　健全な男子なんだよ俺は！」
「健全だろうが不健全だろうが知ったことか。俺はただ穢れを払うのみ」
「ん？　……君、いま、向こうから来た？」
「そうだが」
「こっち、まだ行ってない？」
　大福は自室の方を指す。
「ほう。あんたの部屋はそっちなんだな。よし、お邪魔させていただこう」
「いやっ、ちがっ！」
　追いかけてきた天野が大福に向かって叫ぶ。
「そいつを押さえろ！」
「押さえろって……あっ」
　自分の包丁に気を取られた隙をついて、見事に大福を躱したエロ本テロリストは、ふたたび褌をはためかせて廊下を駆ける。
「おいっ！　本棚には触るなよ！　触るなよ！？」

　食堂から顔を出して覗いていた英二がぼそりとつぶやく。
「エロ本テロか……面白い発想だな」
　英二は苦笑いしつつも肯定派のようだ。
「猫鳴館ってほんとカオスだよねー」
　優も苦笑いしたが、そのとき、カタカタ、と食堂の戸棚が震えているのに気付いた。
「ねえー。なんか、地震じゃない？」
「地震？」
　地響きが、大きくなってくる。ドドドドド、と穴の中から、こちらに、なにか……。
「……ネ、ネズミだああーっ！！」
　優は慌ててテーブルに飛び乗った。
　数刻前に、穴探索隊を襲ったネズミの大群が、食堂の穴から波のようにうねりながら飛び出してきた！
　
◆

　対ネズミ班は、おびき寄せ係の女子たちがちょうど罠をかけ終えたところだった。
「エロ本が！」に加えて「ネズミだ！」の声。猫鳴館の喧騒がいっそう大きくなる。
『おびき寄せる……んだから囮があればいいね！　紙に何か食べ物の匂いをつけて……そうだ！』
　シオンは台所の大福から貰っておいたチーズの匂いを紙につけて、彼女のろっこん『紙片操作(ペーパー・クラフト)』を発動させる。紙は宙にういて四方八方へ。するりと隙間にも入っていく。
　ネズミの一群が匂いに釣られて紙を追いかけている。
『いけたかな？　ネズミを集めたらコタくんのお部屋だね』
　紙をあやつるため、シオンは目を閉じて集中する。
　一方、解理は、廊下に四方の角に穴を開けた透明なビニールを張り、粘着剤を塗った。その上にシオンから分けてもらったチーズを点々と配置。柱の影に隠れるやいなや、やってきたネズミが一匹。
「来い……来い……よし！」
　さしものネズミも賢いやつらで、解理の罠にかかったのはその１匹だけだったが、解理は満足げにビニールの四隅の穴に紐を通して袋状にして縛り上げた。
「殺そうというつもりはないがね。山に帰ってもらう前に、人間様の恐ろしさ、とくとその心と身体に刻み込んでもらおうじゃないか」
　凄む解理を見上げ、ちゅうちゅう、と心細げに鳴くネズミ。いくぶん不憫でもある。
　いいなもまた恐ろしげな顔で袋のネズミを覗き込み、「やはり『あかねずみ』じゃったか」。
「このために揚げた『人参の天ぷら』じゃ！　天ぷら油の中にはちゃんとごま油を混ぜて揚げたぞ。こうするとネズミが良く寄るようになるのじゃ！」
　中にこの人参の天ぷらを吊るした、いいな作の鼠取り機はすでに雨崎部屋にセット済みだ。
「さて、鼠共が罠に引っかかるよう追い立て始めるとするかの！」
　いいなはそういうと、にたりとわらってロケット花火を持ち出した。
「貴様等、覚悟は良いかの？　……食い物の恨みは恐ろしいのじゃ！
　わーしーのーちょーこーこーろーねー！！」