視界の端をちょろちょろと動くものがある。
「む……むむむ……」
寝子島高校生徒会長にして、猫鳴館自治会会長でもある
海原 茂は敵に気づかれぬよう指先に力を込めた。
――猫鳴館。
学校の裏山にひっそりと存在するその古びた建物は、「元寝子島高校寮」という肩書を持っていた。
築60年、寝子島高校創立から歩みをともにしてきた建物ということになる。
猫鳴館の歴史を繙けば、廃寮の危機があり、学校側との激しい闘争があり、そして、いつの時代も猫鳴館を愛し守ってきた寮生たちの姿があった。現在は、公式な寮とは認められていないものの、寮生による自治が成立しており、まだまだ現役の学生寮として愛されている。
その猫鳴館の玄関をくぐり、奥に進んだところにある、わずか六畳の自治会会議室に。
ゆっくりと手を振り上げ構えた海原会長の姿があった。
大きく息を吸い、神経を研ぎ澄ます。
息を吐く。
穿つように、細く、細く……。
ちょろり。視界の端を動く、鳶色(とびいろ)の影。
海原会長の背後、ごちゃごちゃと積み上げられた書類と、青い陶製の猫の置物の狭間。
振り向きざま、指先をそいつに向け、叫ぶ。
「ロックオン!」
海原 茂のろっこん「正確無比の雷」。
指先から轟きとともに放たれた稲妻は、その名の通り正確に、そいつに命中した……かに見えた。
しかし壊れたのは、猫の置物のみ。
置物が壊れたために、微妙なバランスで積んであった書類の山が雪崩のように崩れる。
その隙に、ちょろちょろと鳶色のヤツが逃げてゆくのを海原会長は視界の端に捉える。
「く……また逃したか、ネズミめ……!」
――海原会長は苦悩していた。
猫鳴館にネズミが、横行している。
いや、ネズミはいつだって多かれ少なかれ横行しているのだが、最近、特にその数が増えたのだ。
「会長さん、なにやってんだ?」
偶々通りかかった
握 利平は、いつも以上に散乱した会議室内を見回し、海原会長に声をかけた。
「ヤツがまた出てな……」
「あー、ネズミ? 俺も夕べ残しておいたおにぎり、食われちまってさ」
「似たような報告が次々入っている。食べ物や小物が消えただとか、ものの置き場所が変わっているだとか。寮生の不注意の可能性も大いにあるが、それにしてもこのところ、そういったことが多すぎる」
「でもさ、おかしいんだよな。おにぎりがあった皿にお礼みたいに飴玉が乗っかってたんだ。ネズミってそういうことするのかね?」
「うむ……今これを読んでいたのだが、過去にも似たような事があったようなんだ」
海原会長は、手元の古びたノートを利平に見せた。
「初代寮長が付けた寮誌だ。ネズミが大発生して、寮生皆寝ずに相対した、とある」
「ネズミだけに『寝ず』に、か」
と、利平はおやじギャク的発言をしたが、海原会長はニコリともしない。
利平にとって居た堪れない空気があたりに漂い始めたとき、自治会会議室の扉を叩く救い主があった。
泉 竜次先生だ。変わり者の泉先生は、ふらりと猫鳴館に現れては、ぎっちりと物が詰め込まれて今にも崩れそうな押入れを眺めたり、廊下の隅に張った蜘蛛の巣をスケッチしたりしているのだ。もしかしたらこの猫鳴館に<棲んで>いるのかもしれないが、確かめた者は誰もいない。
「おお、海原君。ここにいたのかね」
「泉先生、何か?」
「うむ。君は、悪い報せと興味深い報せ、どちらから聞きたいかね?」
また碌でもないことが起こったのだな。
海原会長は、ふう、とため息をつくと、悪い報せを選択した。
「では悪い報せだ。食堂の床に穴が空いたのだ」
案の定、だ。
「わかりました。行きましょう」
食堂、という名の十二畳の物置部屋に駆けつけてみると、たしかに、その床にはちょうど人の胴体ほどの大きさの穴が、ぽっかりと黒い口を開けていた。
「それで、興味深い報せのほうはなんです?」
海原会長がうんざりした表情で尋ねると、泉先生は食堂の穴をビシッと指さした。
利平が頭を突っ込み、床下に落ちていた木片を拾い上げると、その木片に墨で書かれた文字を読みあげた。
「ねず……ネズミのことか」
泉先生は、そうじゃあない、とニヤニヤ笑っている。
「ネズミではなくて、『ねず』だよ。興味深いだろう?」
あけましておめでとうございます!
GMを務めさせていただきます、笈地行(おいち あん)です。
本年も何卒宜しくお願い申し上げます。
さて、多少のネズミやゴキブリは日常茶飯事の猫鳴館。
この猫鳴館では現在、
「原因不明のネズミ大発生」と「ネズミとは違う『ねず』」という
ふたつの謎が持ち上がっています。
そして、どうやらこのふたつの謎は無関係ではなさそうです。
開寮間もないころにも同じようなことがあったようで、
それは寮誌に記録されていました。
海原会長が自治会会議室で読んでいたその寮誌の一部を紹介いたします。
【初代寮長の寮誌】
●四月十五日
開寮間もないにも関わらず、鼠多し。
夜毎駆け回り、残飯を漁り、悪戯甚だし。
寮生皆寝ずに相対するが、一向に減らず。
●四月十六日
鼠増えてのち、朝起くるに門前に茸など有り。げに不思議なり。
●四月十七日
島の伝承に詳しき古老に話を聞く。
古老曰く、寝子島に於いて、斯様な事象、稀にあり。
家に突如鼠増えしことを、寝子島では旧く「ねずの宿り」と呼び習わすと云ふ。
●四月二十二日
古老の助言に従ひて、床下に小さき社を作り、朝夕に膳を供えん。
食堂に空いた穴に落ちていた木片は、
この寮誌に出てくる小さな社が朽ちたもののようです。
木片の一部には擦れた文字で「ねず」と書いてありました。
「ねず」とはいったい何なのでしょう?
泉 竜次先生は何かご存知のようですが……。
ネズミは夜になると現れ、廊下や天井を駆け回り、残飯を食べてしまう有様です。
この状況は、風紀的にも衛生的にもよろしくありませんので、
どうぞ、「多少のネズミ」程度にまでネズミが現れないようにして、
猫鳴館の日常を取り戻してください。
ネズミに何か取られたことにして、ネズミ対策、ネズミ退治してもよし。
「ねず」について調べてもよし。
食堂の穴や猫鳴館の中を探索してもよし。
そのほか、猫鳴館住人として探索者たちを応援したり、
猫鳴館住人として日常生活を送っていだたいたり、
自由な猫鳴館生活をお過ごしください。GAも大歓迎いたします。
文字数が許せば、普段のカオスな暮らしぶりや
ご自分のお部屋の様子なども教えていただければ幸いです。
穴の中にも猫鳴館の中もネズミが蔓延っていますのでお気をつけて!
ところで、海原自治会長は、猫鳴館を円滑に運営するために、
自分の後継者候補を募集しております。
自治会員になるにあたってのルールはとくにありませんので、
本シナリオでも、コミュニティなどでもご自由に名乗っていただいて構いません。
本シナリオで、猫鳴館自治会員としてアクションをかけるぜ! という方は、
アクション内に【猫鳴館自治会員】とお書き添えくださいませ。
まだまだ駆け出しの身ではございますが、
みなさまの楽しい猫鳴館生活の描写に精一杯努めさせていただきます。
それでは、楽しいアクションをお待ちしております!