猫又川の狐化かし｜リアクション

猫又川の狐化かし

　その時その場にいた者たちは、どどど、という足音を聞いた。
邪衣士が、迷走の末、やっと狐の居場所を探し当ててやってきたのだ。目が釣りあがり、血走っている。どう見てもいつもの士ではないことを、同寮の握利平や逆巻天野は瞬時に理解した。猛スピードでやってきたその勢いのまま、士は狐の首根っこをつかみ押し倒す。

「なあお前!?　お前が化け狐だな？　化け狐だろう？　毛皮置いてけ！　なあ！　お前化け狐だな!?」
完全に頭のネジが外れている。士は、事態を理解できずに固まっている狐の耳をつかんで引っ張り出した。
「痛い！　バカ者、離せ！　離さんか！」
「おいこら化け狐！　毛皮！　毛皮よこせ！　耳はだめか？　しっぽか、しっぽならいいのか!?」
士は耳から手を離し、三つあるしっぽのひとつに手をかけた。ぐいと引っ張ると、

ぶちり、と音がして士の手にはふさふさとした黄金色の尾が握られた。
気味の悪い沈黙が場を覆う。

「お？」
突如、士のテンションが元に戻る。自分の手に握られた妖狐の尾をじっと見ると、
「……おお」
何かにひとりで納得し、最初から自分のものであったかのようにしっぽをベルトに挟みこんだ。
「何をする！　このくされ人間が！　俺の尾を！」
「俺のだぞ？」
けろりとした顔で答える士に、狐はよろめいた。
「よくも……よくもやってくれたな。俺の力を奪うなど……」
「これ妖力あんのか？」
「もうないわ！　それはただの尾だ。もう俺の体にも戻らん。たたり殺してやりたいぞ！」
「まあ落ち着け、じゅり。そろそろ帰ろう」
「だれがじゅりだ！　小憎たらしい小娘が！」
仄のとりなしがことさらに神経に障るらしく、狐は目に涙を浮かべて怒鳴り散らす。

「何だこれは。ずいぶんにぎやかなことになっているな」
一般人を含めた救助を済ませ、旅鴉月詠と檜扇舞華、志波武道が上がってきた。
「あっちの方はもう片付きました」
「舞華、お疲れ。給料に換算しておこう」
「はあい。ありがとうございます、月詠さん」

　上機嫌の舞華を残して、月詠は一歩前に出る。
「やりすぎだ。人は死ぬ、ということがわかっていなかったのかね？」
「知らいでか。もう、放っておいてくれ……。この島は呪われた島だ……うぇへ!?」
尾をもがれた化け狐は、半ば方針状態だったが、奇声を残して宙に消える。見れば、いつの間にかやってきていた尾鎌蛇那伊に抱き上げられていた。
「狐ちゃん？　水ってこわぁいものなのよ？　分かる？　分かる分かる、分かるかしら？」
子供にしつけをするように言い聞かせながら、抱きかかえた体をぶんぶんと振る。涙かよだれか、何か別なものか。水っぽいものを撒き散らしながら蛇那伊を押しのけ、やっとの思いで狐は地面に飛び降りた。体をぶるりと振るうと、本性である狐の姿に立ち戻る。
「き、君」
手を伸ばす『化かされおっさん』を獣の瞳がじっと見つめた。
「また会えるかい？」
「もうお前との遊びはしまいだ。こんな連中がしゃしゃり出てくるんだ、やっていられるか」
「君……」
「じゃあな」
去り際、狐はくるりと振り向いてあごで士と仄をしゃくった。
「そこのお前！　妖狐の尾をもいだ恨みは忘れんからな！」
「ふむ。そうか」
「そこの小娘！　この俺にくだらない名を与えるとは！　絶対に祟ってやる！」
「いつでも帰って来い、じゅり」

暖簾に腕押しとはまさにこのような状況で使われるべきであろう。きぃっというような声を立て、二本になってしまった尾を振って、狐は走り去って行った。

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