つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

「……うっそだろ!?」
　加減も容赦もなく、思い切り叩き潰せる相手との戦い。その興奮に身も心もたぎらせて、むせるような香油の匂いが立ち込める漆黒のステージに犬神花梨は飛び込んだ。だがそこで目にしたのは、花梨の感性で解説するならば、『髪の毛お化けが薄気味悪ぃ笑いを浮かべ、その奴隷になったパジャマ娘が横にいて、首に絞め後つけたままの危ねェ細っこい小僧が呪いの模様を描いて、別な奴まで操られてこっちをにらんでやがる』ところだった。
　花梨は瞬時に状況を判断する。三人の操り人形はどうでもいい。狙うは、大将のみ。
「俺様は化け者女をぶっつぶすぜ！　ひふみ、飛鳥、俺様に続けぇ！」
「ちょっと、花梨ってば！　私たち三人だけだよ、やばくない？」
文句を言いながら神無月ひふみもそれを追う。花梨はすでにつつもの真ん前まで迫っていた。主人の危機に反応して七夜あおいが接近する。逆巻天野はただ自分の仕事を続けていた。あおいの拳の一撃を、花梨は難なく避ける。パンチの軌道をさかのぼってあおいの背後に回り、そのまま肩と背で強烈な当て身を食らわせた。鉄山靠で大きくあおいの体は吹き飛ばされ、神無月ひふみの前に落ちる。
「きゃっ!?」
「そいつと竹は任せた！　俺様は化けモンを叩くぜ！」
花梨は黒髪の塊、その中心に立つ白い顔に接近する。目の前に倒れ落ちたあおいがゆっくりと起き上がり、曇った瞳でこちらを見たとき、花梨を追う余裕はないのだとひふみは気づいた。
（ああもう！　日没後だったら私ももっと戦えるのに……！）
「あーちゃん、竹は!?」
「四対一だ、まずはこっちをなんとかしなきゃ！」
晴海飛鳥はのど飴を口に放り込み、空手の熟練者であるひふみはあおいと対峙する。
（霊験あらたかなれ……信じてるわよ！）
拳には肌身離さず持ち歩いている、父より譲られたお守りを握り締めていた。

　花梨は妖怪少女の白い顔に見入っていた。美しさや恐ろしさが彼女を魅了していたのではない。妖怪つつもから感じられる、猛烈な怒りと狂気が、花梨を興奮させていた。
「おろかな。骸になりにきたのか」
細い、だが不思議と明瞭に聞こえる声とともに、花梨の胸元に黒髪の槍が迫った。花梨はこれを飛びのいてかわす。パーカの袖口からは匕首が飛び出し、もう一筋飛んできた髪をばっさりと斬り捨てた。
「こんなへにょへにょしたのが当たるもんかよ！」
花梨の挑発に応えるように、新たに三つの黒い流線が飛ぶ。
（よし……これでいい！　俺様にだけ攻撃がくりゃ、友達は守れるからな！）
心臓を狙うひとつは斬り落とし、頭を刎ね飛ばそうとするひとつは身を沈めて回避したが、残る一本が花梨の左腕を貫いた。鉄棒のように硬質化した黒髪は、獲物を捕らえたことに満足したのか、元の柔らかさを取り戻し、しゅるりと主人であるつつもの元に戻っていく。パーカの袖を貫いた穴から鮮血があふれにじむ。
「きゃああああ！　花梨！」
「静かにしろって！　こんぐらい、何でもねーよ！」
痛みに顔を歪ませながら、悲鳴をあげるひふみをなだめる。
「ふーっ……ふーっ……！」
花梨の呼吸を整える音は、『狂犬』が力を蓄えるための戦いの序曲であった。
「いいぜ……この殺気！　吐き気のするようなドロッドロの負の感情！」
腕をまくり上げ、傷ついた腕に唇を寄せる。白い肌をつたう温かい血を、花梨は獰猛な獣の表情でなめ取った。高まる狂気、狂喜、自分を凶器に変える力。ろっこん『羊很狼貪』が花梨を比類なき戦士に作り変える。
「ヒャハハ！　てめぇ、最高だよ……つつも！　俺様が相手だぜぇ！」
『花梨君！　まかせたよ！』
言葉が大きなブロックとなって飛ぶ。後方に控える飛鳥の『ソリッドボイス』によって放たれた文字砲弾は、再攻撃のために鎌首をもたげた黒髪を叩き落していた。
「ちょっ！　名前飛ばすな、恥ずかしいだろ！　……まあいい、ありがとよ！　行くぜぇ！」
「くだらない馴れ合いなど見せ付けるな！　死ね！　人間たち！」