深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

「二人の衣装はなんかのコスプレなん？」
直風満帆は素直に尋ねてみた。
「ああ、これ……兄貴がいつの間にか……」
「これはしばっちが貸してくれた漫画『邪気眼を凝らせば……』のヒロインのコスプレなんです！　おもしろい作品なんだけど……ちょっと」
志波拓郎と高梨彩葉は一緒に答える。

　『邪気眼を凝らせば……』は、主人公の少年と少女が前世から約束された運命によってめぐり合い、時には敵として戦い、時にはすれ違いながらも互いの異能『邪気眼』を開花させながら惹かれあっていくという、少女漫画としては異色の厨ニ伝奇モノで、カルト的な人気を持つ作品だった。そのヒロインを再現した衣装はスカートだけでなく、ジャケットの下の黒いキャミソールも短めで、走れば太ももやおなかがちらちらと見えてしまう。彩葉はそれが恥ずかしいようだった。
「で……俺が、主人公の服装、を……」
今日も拓郎は言葉少なだ。頭の中ではそれはそれはたくさんのことを一度に考えているというのに。
（彩葉さん、ヒロインのキャラにそっくりだとは思ってたけど……まるで、漫画から出てきた本物みたいだ。よく、似合ってる）
けれど、とてもそれを言葉にすることはできない。予想外の誤解も怖いが、何よりも、今の自分の気持ちを彩葉に知られることが、怖かった。

　どこかぼんやりとしたまなざしで彩葉を見つめる拓郎の気持ちは、満帆にもなんとなくわかる気がした。長距離走が得意な拓郎が、あえてスピードを緩めてまで並びたい相手なのだ。
「たくろーちゃんが一緒なら大丈夫そうやね。うちは他のランナーの様子も見なくちゃいけないから。ほな、がんばってな！」
「……ああ、ありがとう……直風さんも、気を、つけて」
「直風さん、またね！」

満帆と別れて、拓郎と彩葉はしばし二人だけになる。
「しばっち、かっこいいなー。きりっとしている感じだよ」
寡黙な拓郎に彩葉は積極的に声をかけていく。拓郎は、「……ああ」とだけ答え、恥ずかしそうな顔をした。
「足、遅くてごめんね。でも完走目指してがんばるか……らっ」
他のランナーの仮装を見ながら、拓郎ともおしゃべりをしながら、走る。彩葉は自分の注意力が落ちているのも知らずにいた。つまづいて初めて、それに気づく。
（やっちゃった！）
痛みを覚悟するが、何も起きなかった。拓郎がしっかりと、彩葉を受け止めていたからだ。大きな手の暖かさに、まるで主人公に守られるヒロインのような気持ちになる。
「……どこも、痛めて、ないか」
拓郎はそれだけ聞いた。
「あ、し、しばっち。ありがとう。あはは、眼帯してると距離感がつかめなくなっちゃって！」
焦って変な笑いが出てしまう。彩葉はごまかすように笑って、どうにか体勢を立て直す。
淡い恋の予感は、無茶に触れるとたちまち壊れてしまいそうで。お互いの気持ちを手探りで確かめることもできないまま、二人は進んでいく。