深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

「赤毛のリリー！がんばれー！」

　注がれる注目が心地よい。自分の魅力を最上るるかは十分に理解していた。今日のるるかは特別だ。誰よりもかわいくて、おしゃれで、勇敢なタイガーリリーなのだ！　
「みんなありがとー！　がんばるね！」
手を振り、飛びきりの笑顔で応える。彼女の目に留まったイケメンには、投げキッスのおまけが送られた。割り込みする傍若無人なランナーにはポカンとトマホークの一撃が、男性ランナーには太ももや谷間のチラ見せセクシー攻撃が行われていった。冷静に考えればけっこうひどい仕業だが、るるかがやればなぜか憎めない。これもパフォーマンスの一環かと観衆は信じ、キュートなタイガーリリーをこぞって応援するのだった。

　順調にライバルを蹴落とす（？）るるか＝リリーの近くには、同じぐらいの速度で走る海賊チームのメンバー、服部剛と神嶋征一郎がいた。
「そろそろやるか？」
「ああ」

給水所まであと少しと言うところで、征一郎と剛は足を止める。今から始まる『おもしろいこと』を予感して、るるかも立ち止まった。
征一郎がすらりと金色に輝く剣を抜き放てば、剛はそれに呼応して長い柄のハルバードをぶんと振り回し構えた。これから始まる大立ち回りの前触れに、応援の者たちがどよめく。剣と斧槍を打ち鳴らし、殺陣を軽く見せてから、二人はぴったり同じスピードで走り出した。
「あたしも見届けるわ！　この戦いを！」
譲れぬ闘志と野望を抱いた二人の海賊を、精霊に守られしインディアンの少女が追う。図らずもドラマティックな展開を見せられて、沿道の人々も沸き立った。

剛が長柄の先を突き出せば、征一郎が剣の柄でいなし、横振りの反撃を繰り出す。剛が身を低くしてかわすと、肩に羽織った紫のコートが夜の戦場に戦旗のように翻った。
「てめぇのような海賊に、この海を荒らさせはしねぇ」
「へっ！　強きものが勝つ、それだけがルールや！」
剛はマラソンのスピードを助走にして、ハルバードを振りかぶると高く飛び上がった。
「太陽の祝福あるところに俺ありや！　遊んでもらうでぇ！」
模造武器とは思えない、空気を割るような音を立てて重い一撃が加えられる。叩き伏せられる征一郎を想像したのか、若い女性の観衆からは短い悲鳴が上がった。だが、ハルバードの着地点には姿はない。軽やかに剛の攻撃をかわしきった征一郎はクールに微笑み、剣の切っ先を剛にかざした。
「てめぇが自分に勝てる道理はねぇ。歴史がそれを証明してくれる」
「まだだ、まだ足りひん。もっと楽しもうや！」
華麗にして美しき剣、豪胆にして激しき斧。
二人のイケメンが戦う姿に、『こちら側』のランナーであるはずのるるかも思わずヒートアップするのだった。
「二人ともがんばって！　……負けないで！」
と、両手を祈るように握り締め、声を上げる。それはまるで勝利の女神の加護を受けたもののようで、この剣戟パフォーマンスにいっそうの説得力を与えていた。今だけしか見ることのできない、海の男たちによる路上の死闘劇を、多くの島民たちが見守った。