おひとりグルメさんぽ｜リアクション

おひとりグルメさんぽ

■ＡＫＩＢＡグルメさんぽ
　秋葉原の変遷は激しい。
　神社の裏手にラジオパーツを広げた露天が群がった時代から、バスケットコートと大型電気店が連なった時代、ＰＣパーツの専門店が軒を連ねた時代、ゲームとアニメショップがふくれあがった時代、そしてオシャレな観光スポットへと……。
「今日もいい結果だったわ」
　仙藤蒼は少し高揚した気分で秋葉原駅前のイベント会場を後にした。
　広々とした近代的なスペースで行なわれたゲーム大会。それに参戦するために訪れたのだ。
　結果は堂々の二位。
　いや、優勝を逃して堂々とはという話だが、蒼は並み居る大人たちをなぎ倒しての二位である。胸を張るべき戦果だった。
　ネットで知り合った仲間と喋ったりなんだりで体力も使い果たし、さあ帰ろうかという段になって。
「なんだか急に、おなかがすいたわ……」
　自分がどこか遠くなっていくような、身体が悪い意味で軽くなったような感覚だ。
　何か食べて帰ろう。
　しかし何を食べよう。
　秋葉原には、何がある？

　人間、お腹がすくとろくなことがない。
　ネガティブになるし、考えはまとまらないし、なによりちょっぴり腹が立つ。
　身近な存在であるところの優等生めいた姉と自分を比べたり、将来を思ったり、このままでは気分が荒れる一方だ。
　お腹に何か入れなくては。
　それはもう乱暴に、どかんと。
　そんな彼女を呼び止めたのはゴリラだった。
　ゴリラである。
　正真正銘。
　ゴリラである。
　黄色い看板にリアルなゴリラ。
　突き出た天幕には『すべてはお客様の元気のために！！』とある。
　なんというポジティブな店だろうか。何よりゴリラだし。
　今の自分に発破をかけるにはもってこいだ。
　それに店頭のメニューにあるのはどれもこれもがカツカレー。
　完全なるカツカレー推しである。
「いいわ、やってやろうじゃない」
　勝負事を終えた後ではあるが、ちょっぴり蒼の闘志に火が付いた。

　メニューはさして多くない。言うなればロースカツかチキンカツである。
　さもなくばウィンナーでも喰ってろと言わんばかりの大胆さだった。
　大胆さ。そう、この店は大胆さで出来ている。
　ライトアップの激しい看板とゴリラに始まり妙にギラついた店内。黒く日焼けしたゴリラみたいな店主。
　あふれる女子力や優等生っぷりを普段から浴びせられている蒼からすると、どこか真逆の世界にすら思えた。
　やがてやってくるカツカレー。
　デカいカツとこんもりと盛られた千切りキャベツ。
　カレーのルーは看板や店主とそろってか真っ黒だった。
「い、いただきます」
　スプーンですくって一口。
　がつんと来るインパクト……かと思いきや身体の奥へと飛び込んでくるような、疲れた心と体を燃やすような、まさに元気を溶かして喰ってるような食べ物である。
「悪くない、かな」
　ふと店内を見回してみる。
　誰もが黙々と、自分のカレーを食べている。誰も、可愛らしい女子中学生がやってきたぞなどとは思わないようで、皆自分の世界にいた。
　自分の世界で戦い、そしてカツカレーを食っていた。
　いや、自分もそうだ。
　自分の世界があり、自分のカツカレーが目の前にある。
　ただいまは、無心に喰おう。
　食べ終わったとき、店を出るとき、看板のゴリラがまた違って見えるかも知れない。
　世界のありようも、また。

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