【思い出の記録（学生生活編その４）】

　特別教室である音楽室からは、授業中であるために様々な音色が廊下へと漏れる。
　その中で一人、ピアノに向かい熱心に曲を弾く市橋 誉の姿があった。
「ん、いい音色だ……」
　ピアノを弾く順番が回ってきた際に、課題である曲を誉はゆっくりと、そして優雅に奏でる。
　誰よりもピアノを愛し、そして音楽を愛する。
　その気持ちだけは誰にも負けないと自負し、何よりこうして弾ける事に誉は充実感を得ていた。
　――そして、それは新聞の記事にも載せられる。
　一人で奏でるよりも、音は様々な種類が混ざる事でより洗練される。
　同じクラスの級友達と奏でた、授業の思い出と共に。

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級友達とのセッション

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　俺が学級委員を務める、１年６組の音楽のクラス授業。
　津止先生が教鞭を取り、前半は座学、後半は実技で行われた。

　前半の座学では、楽典と音楽史を取り扱われた。無駄がなく分かりやすい講義が印象的だ。
　興味がない生徒には、少しハードルが高い印象もあるが、注意深く耳を傾けると理解の度合いが格段に違うと思う。

　後半の実技では、色んなセッションを見ることが出来た。
　それぞれ思い思いの楽器で津止先生に意見を聞き、時に津止先生と一緒に音を奏で、自分を表現していく。

　音楽は目に見えない。だからこそ己の耳で聴き、感じるもの。
　形のないソレは掴み所がなく、それ故に他を混ざる事が容易なものだ。

　一人の音に他の音が交じる事で、音は無限に色を変える。
　この事を一番実感出来たのは、最後にクラス全員で行ったセッションだ。
　皆の音が混ざり合い、一つになった瞬間は、この上なく素敵な時間だった。

　調和と個性と、その両方を表現出来る音楽の可能性を感じられた。
　津止先生の言葉を借りるならば、『悪くない』
　授業以外でも、いつか１年６組の『音』を、何所かで皆さんに披露出来たら、それはとんでもなく楽しく素敵な事になると、俺は思う。

　そんな機会がある事を願い、そして実現する為に、俺はこれからも頑張るつもりだ。

記事提供：市橋 誉

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【思い出の記録（学生生活編その５）】

　特別教室への移動を行いながら、桜庭 円は窓から外を見つめ、そして駆け出していた。
　――青く晴れ渡った空と、そしてその下にいる人物を見つけてしまっていた為に。
「おや、桜庭君かい？ チャオ♪」
　麦わら帽子を被り、首にはタオルを巻きながら、校長である雨宮 草太郎はのんびりと花壇を弄っていた。
「校長先生は相変わらずですね」
　にこやかに円が答えるが、その視線は校長の傍で走り回る三匹の子猫と――そして、円の飼い猫であるにゃーくんにあった。
「ふふ、そうだね。こうしている事は楽しいから、自然とやりたくなってくるんだよ」
　ミニシャベルを片手に、草太郎は円に笑いかける。
　普段であれば、この三匹の子猫は校長室の中にいるのだが、たまにこうして草太郎はにゃーくんとも遊ばせる為に、外へと連れ出していたのだ。
　子猫たちもまた、しっかりと草太郎に懐いており、元は捨て猫だった事など忘れているかのように元気よく猫の兄弟は跳ね回っていた。
「桜庭君はこれから授業だね。にゃーくんは私が見ているから、後で校長室にでも遊びに来なさい」
「はい、お願いします」
　――もちろん、昼食を持って。
　猫達と共に一緒に食べる昼食、それを草太郎は円へと誘い、円は元気よく答える。
　新聞に提供した記事として載せたこの子達の話を、その時に草太郎に話そうと、円は特別教室に向かう間に考えていた。

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寝子島高校で見つけた子猫達とその後

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　４月、校長先生から寝子島高校周辺で見つけた子猫が逃げてしまったと聞いて、子猫を探してたよ

　ボクは地下室に行ったんだけど、なんやかんやで一匹救出。
　黒い子猫も居て、ちっちゃくてかわいい。色々あったけど、なんやかんやでみんな救出できたね。
　黒、白、ブチの三種類の筈だったんだけど、茶トラの子猫も見つかった。
　大きかったから、親猫に置いていかれたのかもって、猫に詳しい人は言っていたよ。

　茶トラの子猫は、ボクが飼うことになりました。
　名前はにゃーくん。今では、大事な家族です。
　人懐っこくて、賢い気がしています。身内びいきです。
　でも本当に賢いからね？

　飼うと決めた時、校長先生にはこんな事を言われました。

「責任を持ってきちんと育ててください。今日から君は、この子の唯一の拠り所です」

　最初は解ってたつもりだったけど、今では本当に意味も少し解る気がする。
　最後まできちんと家族として接しようと思ってるよ。

　３匹の子猫、白い子はユキ、黒い子はこしあん、ブチの子はイーピンという名前になって、今はちょっこり成長し、校長室で楽しくやっている様子。
　たまに、ぼくもにゃーくんと遊びに行くと、とても嬉しそうに出迎えてくれます。
　校長先生も相変わらず猫好きです。
　猫に会いに行くだけでも、校長先生も猫達も喜んでくれると思うよ。

記事提供：桜庭 円

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【思い出の記録（猫鳴館編）】

　新聞を広げながら、邪衣 士は少しだけ神妙な顔つきになる。
　今、士が居る場所は普通科一組の教室前であり、そこであえて士は新聞を読んでいたのだ。
「これは……」
　士が見ている記事は、自分の記事とあわせ、その後に続くもう一つの記事。
　猫鳴館の自治会長として新たに就任した士にとっては、今もって学校内に流れる猫鳴館の悪評を少しでもなくすべく、記事を提供していた。
　が、その後に続く記事では、士とは違い、あくまで外部から見た猫鳴館の評価が記事として掲載されている。
　誰もがそう思う、というわけではないのだろうが、一つの意見としては確かにそうなのかも知れないと士は考えていたのだ。
　――そんな時に、一組の教室から一人の女子生徒が姿を現していた。
「つ、士殿！？」
　教室から姿を見せたのは、大田原 いいなである。
　苦手意識、というよりも以前いいなが士に対して行ってしまったロケット花火の一件により、意図的にいいなが士を避けていたのだ。
「そんなに驚く事はないだろ。俺がここに居ちゃ、変か？」
　そのいいなを、士は特に表情を変える事なく見る。
「お、怒っているのではないのか……？」
「もう怒っちゃいない。前の事は前の事、今は俺にとってこっちの方が重要だからな」
　ようやく、士からその言葉を向けられ、いいなはホっと胸を撫で下ろす。
　が、話は終わったわけではない。
　士は新聞を広げ、先ほどまで見ていた記事をいいなへと見せていたのだ。
「ふむ、これは士殿の記事じゃな。そういえば、儂はまだ見ておらなんだ」
　広げられた記事を前に、いいなはそれを読み始めていく。

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猫鳴館いいとこ一度はおいで

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　皆は猫鳴館を勘違いしていないか？
　例えば薄汚い寮だとか貧乏学生のたまり場だとか、それに変人の巣窟だとか寝子校のがん細胞だとか……
　そんな事を思ってたり、外見だけで判断したりしてる人は多いだろう。

　この意見に対して、変人の巣窟である事以外は否定しておこう。
　いや、こればかりは俺も否定できないからな……すまない。

　先日あった猫鳴館自治会長の選任戦を皆さんご存じだろうか？
　その時に猫鳴館では簡単なパーティーを開いた。
　このパーティーは猫鳴館の偏見を少しでもなくすために開いたものなのだが、参加した人はいるだろうか？

　参加した人なら、あそこが危険な寮、最底辺の集まりで無い事を少しは理解してくれたと思う。
　そして、参加してない人にもこの寮の素晴らしさを俺は伝えたいと思う。
　だからこそ、一度は猫鳴館に足を運んでほしい。癖の強い生徒ばかりだが悪い奴は基本いない！
　誰かが来ればお茶やお菓子や料理を振舞うぐらいには皆フレンドリーだ。
　俺だって客人が来れば座布団を出してもてなす！

　俺からはそれだけだ。

　それに付け加えて一つ。
　猫鳴館では最近鶏も飼い始めた、飼育の手伝いをしてくれる人を募集中だ。
　寮生、そしてもちろん外部の生徒も大歓迎しているぞ。

記事提供：邪衣 士

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「良いのではないか？ 士殿の記事はしっかり紹介になっておると思うぞ？」
　いいなにとって、別にこの記事を否定するつもりはない。
　が、士にとっては、そちらが重要ではないのだ。
「違う、俺のじゃない。大田原の記事のほうだ」
「む、儂のか？」
　視線を更に下に動かし、いいなはそこにある自分の記事を見つける。
「な、なんでわざわざ士殿の次に！？」
「大田原、お前は確かにこう思ったんだよな？」
　記事の中には、いいなが思っている猫鳴館の考察が書かれている。
　自治会長として、確かにこれは見逃せないのであろうと、いいなは即座に士の考えを理解していた。
「う、うむ。確かにこう思ったのじゃが……」
　口ごもりながら、いいなは答える。
　その答えを受け、外から見た猫鳴館の評価の記事に士はもう一度目を通していく。

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儂が思う猫鳴館

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　猫鳴館、久夜山の何処かに埋もれる様にして建つ『元』寝子島高校学生寮。

　現在の自治会長は、邪衣 士（やごろもつかさ）。
　昨今の活発な自治活動により、館内の放送システム・防犯システム及び、食糧自給システムが完備されつつある。

　備考：…ぐぬぬ、この防犯しすてむには儂も一杯食わされたことがあるでの…
　　　　む、胸も揉まれてしもうたし……

　４月当初から不思議な現象が立て続けに起こり、竹が無尽蔵に生えたり、古井戸の奥から猫の鳴き声が聞こえてきたり、奇妙なキャベツが移植されたりしている。
　また『来る者は拒まず・去る者は追わず』の精神が根付いているからか、人の出入りに関してはアバウトであり、先日の大修繕や自治会長選の際には、予期せぬ人災に巻き込まれたことがあった。

　備考：…全く、何故にこんな物が作られ、古井戸の近くに祭られたりするのじゃ！
　　　　人災以外の何モノでもないのじゃ！
　　　　おまけについ最近行われた自治会長選の時には、きゃべつにこの写真がくっつけられておった！
　　　　まさに『踏んだり蹴ったり』ならぬ、『踏まれたり蹴られたり』なのじゃ！
【祭られている御神体（プロマイド）】
　しかし、それらの事件を差し引いても、そこに住まう人々の懐の大きさや、食を重んじ自給自足をモットーとする姿、温かき心の有り様は、青春に迷える人々の心の支えとなるであろう。

記事提供：大田原 いいな

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　記事自体には、否定と肯定、そのどちらもが織り交ぜられて書かれている。
　士にとって、もっとも重要な事はこの意見は十分に参考となるという事である。
　そして、より詳しく聞きたいが為にいいなをここで待っていたのだ。
「大田原、猫鳴館をよりよくする為だ。手伝ってもらうぞ」
「わ、儂が！？ そんなの――」
　否定しようとはするが、結果として士に引っ張られる形で、いいなはなし崩し的に士への協力を受諾させられる。
　全ては猫鳴館の為。
　士といいなはこの記事により、仲直りと、そして協力体制を取る形になっていた。