『輝け！　ミッドナイト・フリーキー・コンテスト！　第二部』（４）

　ネタ探しの最中であったのだと、彼は語ります。まったくおかしな場所へ迷い込んでしまったと、にこやかに笑いながら。
「『KISHIN』と言えば、ホラー系イラストレーターとしてご存じの方も多いかと存じます。ステージへ立つに当たって、今日はどのようなパフォーマンスを見せていただけるのでしょうか？」
　ノイジー・パンジーの向けたマイクに、久須部 紀伸ははたと首を傾げて、ひとつ思案。後に、
「そうですね。それでは絵描きらしく、『ライブペイント』でも披露させていただきましょうか」
　私にできるのは、それくらいですから。謙虚に言いながらも、彼の心は踊っています。
　奇怪な深夜番組、そんなものこそ、彼の好奇心を満たし自作のネタともなり得る、アイディアの源泉なのですから。

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「必要なものは、全て用意していただけるとは。助かりますね」
　ステージへ見る間に運び込まれる、イーゼル。２４色のアクリルガッシュのセットに、真っ白なキャンバスも。
　加えてずらずらり、作業場と化した舞台の後ろへ並んだのは、白いタキシードの楽団員たち。

♪『ハンガリー舞曲第５番』

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ヨハネス・ブラームス / 演奏　ユメギワ空想楽団

　壮麗かつ小気味良い楽曲の始まりとともに、白衣のような作業着へ着替えた紀伸はさっそく筆を取り、
「では、始めましょう。さて、この白紙の上へ、一体何が現れることやら」
　しゅぱん……！　アクリルガッシュの色を、颯爽とキャンバスへ乗せていきます。
　流麗に走り出したヴァイオリンの調べに合わせ、
「まずは、大まかに」
　ざざ、ざざざ。筆を躍らせ、ざっくりと輪郭を描き出します。
　やがて曲が盛り上がりを見せ始めると、派手に鳴り響くシンバルに乗せて、
「ここは激しく、大胆に！」
　しゅば、しゅばば！　まるで刃で切り裂くような仕草で、筆は縦横にキャンバスを走り抜けて。
　ひと時、打って変わって演奏が静けさを表現し始めると、筆の動きも小さく、優しく。
「ここは静かに、繊細に……」
　まるで彼は、指揮者。筆をタクトにオーケストラを指揮する、イラストレーターにしてマエストロ！　楽団員たちの演奏は確かに、彼の振るう筆の動きに追随し、そのたび音の波はまるで一喜一憂するように、多様な顔を見せるのです。



　ざ、ざ、ざざざ。しゅば、しゅぱん！　紀伸はキャンバスへ、一心に色を引き続けます。彼は周りのことなどまるで目に入らないかのように振舞い……かと思いきや、
「おおっと！　少しはみ出してしまったかな？　それなら、こう、こう。こうしてしまいましょう！」
　なんて、時に笑いを誘ったり、時に称賛の拍手を引き出したり。彼自身も実に楽しそうに、ステージを堪能しているように見えました。
　それもそのはず、
（いやいや。このようなぶっつけ本番は、何度経験しても緊張するものですが……同時に、ワクワクもしますね）
　紀伸は過去にも幾度か、こんな風にライブペイントを披露したことがあるのでしょう。そして彼もまた表現者のひとりとして、こんなひと時にはやっぱり、充実を感じて止まないのです。
　そもそも、描くものの大まかな完成は胸にありながらも、それは決して定まらず曖昧なもので、構想などあって無いようなもの。正解が無ければ失敗もまた無いもので、彼は気楽。心の赴くままに筆を走らせる……これほどに楽しいことが、絵描きとして他にあるでしょうか？

「せっかくの機会です。楽しんでいきませんとね！」
　タクトは優雅に翻り、楽曲の盛り上がりを伴って、キャンバスには徐々にナニカが形を表し始めていました。



　そうして前のめり、彼はひとたびも休むことなく描き続け、やがて、
「実に、楽しい時間ですが……そろそろタイムアップだ。これにて完成といたします！」
　ぴたりと筆を置いたその瞬間に、じゃん、じゃんじゃん！！　楽団員たちの演奏も頂点を極めるまま盛大なフィニッシュを迎え、まずは拍手があたりへと降り注ぎます。
　司会者パンジーもまた手を叩きながら、
「これは、すごい……！　久須部さん、この絵のタイトルは、何と名付けましょうか？」
「そうですね……『絵を描く骸骨』、といったところでしょうか」
　確かにそれは、大胆な、あるいは繊細な筆致が不思議な混沌を演出する、パレットと筆を持ちキャンバスへと向かう、骸骨の像でした。ホラー系イラストレーター『KISHIN』ならではの、おどろおどろしくもどこか淡く美しい圧巻の絵は、およそ数分で描いたとは到底考えられないほどのインパクトを伴って、視聴者の目を釘付けにしたことでしょう。
「完全なる即興なので、単純に私の好みを描いた、と言うか……」
　彼は、語ります。その言葉はイラストレーターとしての、彼という人間の逃れ得ない、業とも表現されるべきものであったのかもしれません。
「ええ。私にとって『描く』こととは、それほどまでに辞められない、代えがたいことなのですよ。たとえ死んでも、描き続けていたいと願うほどに……この絵のように、ね」

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「僕は化学教師ですし、美術や芸術の類は苦手で、あまり曖昧なことを言いたくはないのですが。確かにこの絵からは、単純な嗜好や信念といったものを超越した何かを感じますね。仏教用語で言うところの、カルマといったところでしょうか。久須部さんにとっては縁深く、切っても切れないモチーフなのでしょう。それにしても鬼気迫ると言うか、まるで動き出しそうなほどの緻密さですね。というか本当に動き出したりは、あ、しませんか。そうですか。ちょっと動いているような気がしたのですが、気のせいですね」



　紀伸は、ほっ、とひと息。
（どうやら、それなりに気に入っていただけたようですね……）
　どんな評価を下されようとも、全力を尽くして取り組んだ結果として受け止めよう……と超然として余裕の笑みなど見せつつも、内心では案外これが、ヒヤヒヤだったりもするのでした。
　ともあれ、なかなかに得難い経験だったのも確かです。
「この絵は、作業場に飾っておくことにしましょうか」
　作品の出来もまずまず、お気に入り。キャンバスを眺める彼の顔は、実に満足そうに見えました。



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