冬の日。新たな始まり｜リアクション

冬の日。新たな始まり

【夜・寝子島高校生】

　今日は雲に隠れて見えなかったが、もう陽は完全に落ち、夜の静けさが辺りを支配している。
　雪がちらつく中、葉利沢倫理子は桜花寮への道を急いでいた。

　今日は心療内科のカウンセリングだった。
　気が進まなかったのだが、もう２回連続ですっぽかしていたので、これ以上休めば家の方に連絡をされるかも知れない。それも同じくらい嫌な倫理子は結局、受診する方を選んだのだ。

　苦痛に満ちたカウンセリングの時間を何とか終え、倫理子は帰宅しようとしていた。
　外はもう暗い。倫理子は夜に外を歩くのは嫌だった。どうしてもあの夜のことを思い出してしまうのだ。

　塾からの帰り道だった。
　近道をしようと曲がった先にワンボックスカーが停まっていた。
　急いでその脇を通り抜けようとした時……世界が暗転した。

　足早に倫理子は家路を急ぐ。ひりひりとした危機感が彼女を急き立てた。後少しで桜花寮。倫理子が安堵しかけたその瞬間。
　―――再び悪夢が倫理子を取り込んだ。

　まるで出来の悪い映画の再放送を観ているようだった。
　血走った目、荒い息づかい、下卑た嘲笑。嵐の真ん中に倫理子は放り込まれていた。乱暴に組み敷かれ、服が破られる。
　あの時と同じ。明確な悪意と害意が倫理子の全身に突き刺さる。
　ああ。
　倫理子は全身から何かが消えて行くのを感じた。
　もうこのまま消えてしまえばいい。お願い。

　……私を殺して。

　ここで倫理子の意識は途切れる。しかし倫理子の世界は途切れなかった。
　全身から力を抜いた倫理子を見て、男達は抵抗を諦めたと感じたらしい。ギャハギャハと笑いながら誰が先にするか決め始めた。その中の下っ端がスマホを取り出して倫理子の姿を写真に収める。そしてヘラヘラと笑った。
「この写真ばらまかれたくなかったら、そのままにしてな。大丈夫、すっげー気持ちよくしてやっから」
　男達は爆笑する。おい、誰か動画撮れよと話していた時、ゆらりと人影が動いた。

　倫理子が、起き上がった。
　いや、正確には倫理子が起き上がったのではない。無意識の内に倫理子が発動したろっこん＜Malice in the real＞によって、倫理子の人格は姿を消し、別人格『Malice』が現れたのである。
　しかし男達はそんな事知る由もない。
「ッ！　てっめ……っ？！？」
　先程の下っ端が驚いて倫理子……Maliceに飛びかかる。その鼻面にMaliceは冷静に拳を叩き込む。鼻血が辺りに飛び散った。
「痛え、痛えーーーーっ！！！」
　転げ回る下っ端の横に落ちたスマホを、Maliceは踵で粉々にする。そして静かに顔を上げた。
「……クソガキども、それで脅してるつもりか？」
　そこには残忍な笑顔が浮かんでいた。その余りの変貌ぶりに、男達は青ざめて息を呑んだ。
「お前……誰だ？」

　Maliceは純粋な嘲笑と暴力で答えた。
　目の前で呆然としている男の急所を潰し、転がっていたライターで火を点けた。
「ギャーーーー！！！」
　熱さに転げ回る男に、何とか火を消そうと叫びながら仲間達が集まる。しかしその間にもMaliceは彼らの荷物に片っ端から火を点け、その集団に次々に投げ込んだ。
　火の粉が舞い、Maliceの高笑いが響く。
　彼女は明らかに楽しんでいた。逃げ惑う男達の姿がたまらない、というように。
　男達はその異常さに圧倒され、恐れおののき走り去っていった。

　そして誰もいなくなった。　
　引き裂かれた衣服のまま、Maliceは無表情に立ち尽くす。―――そこには絶対零度の悪意しかなかった。

　倫理子が意識を取り戻した時、彼女は桜花寮の自室にいた。
　ハッと思わず身体を確認するが、昔のあの嫌な感覚は全くなかった。
（夢、だったの……？）
　また悪夢を見たのだろうか。しかし、彼女の引き裂かれた衣服はあれが現実だと教えている。
（どういうことなの……？）
　彼女は自分に問いかける。
　しかし、誰も答えなかった。