フロム・エイプリル・フール｜二次創作ＳＳ広場

「うにゃ～……」

とっても不思議な夢を見ていた気がする。
気だるく小首を傾げる動作につられ、サイドテールに結わえた野暮ったい黒髪がぱさりと揺れる。
慎ましく貧しく控え目な……よく言えば発展途上の胸が膨らみ、長々と吐息を送り出す。
太く短い眉、タヌキ系のおっとりした童顔と寸胴気味の幼児体型が相まって今でも度々中学生に間違われるが、寝子高の制服に身を包んでいることからもお察しあれ、今春かられっきとした新高校一年生である。
その健全な女子高生が、通常なら授業が行われているこの時間帯にどこでなにをしているかというと……
寝起き特有の極端に緩慢な動作で小首を傾げあたりを見回し、横断歩道の中央に突っ伏している事実に驚く。
「な、なにこれ！？」
四月は仰天する。
周囲は死屍累々の惨状を呈していた。
否、正確には皆気持ちよさそうな寝息をたて居眠りしているだけで死屍という表現は些か誤解を招くが、全く白紙の状態で覚醒した四月が受けた衝撃はそれに近しいものだ。
鼓膜を満たす雑音の水位が上昇していく。
どうやら周囲に倒れていた人々もこの異常な状況に困惑を隠せないらしく、各々混乱した顔を見合わせ途方に暮れている。
倒れていた人間の多くは四月が籍を置く寝子島高校の生徒でちらほらと同級生の顔も見受けられるが、偶然巻き込まれたと思しき通行人の老若男女も混じっている。

突如として非日常の中に放り込まれたような、現実と乖離した浮遊感が心を占める。
はたしてそれは今まで見ていた夢の余韻かもしれない。
どんな夢だったか、細部は既に霞み始めている。
コップに溜めた水に角砂糖が溶け崩れていくように、詳細を思いだそうとすると脳裏に霧が出て包み隠してしまうのだ。

既に忘却は始まっている。
非日常の時間に終止符が打たれ、日常が回復するや、視えざる秩序の手が辻褄を組み直し、あったことをなかったことへ、起きたことを起こらなかったことへとすみやかに還元していく。
ありうかべかざる非日常は一度解体された上で日常の円環に組み込まれ、やがて認識は修正され、四月やその他大勢が体験した今日の不思議な出来事も、集団ヒステリーの一種に分類される不条理な夢として処理される。
してみると、忘却は一種の自浄作用なのか。

全角30文字以内

コメント全角1000文字以内

常盤四月

2: Re: フロム・エイプリル・フール 2013-06-08 / 19:07:46: ２

「へんなゆめだったなあ……夢の中で子供になって、それで……」

頬の片面が痒いのはくっきりとアスファルトの跡が付いているせいか。
薄赤くなった頬を掻き掻き、呟きかけて途中でやめる。
萎んで消えた語尾と引き換えに、強張った五指が何かを強く握りこんでいることに気付く。
不審感と期待感。
未知への真逆の感情を折半し謎めく胸の高鳴りに、我知らず生唾を嚥下する。
まだ目も開かぬ雛が生物の本能で卵の殻を突付いて割るように指がするりと離れてほどけ、夢から持ち越した非日常の欠片が孵化する。

四月が手の中で後生大事に温めていたのは……
ちびたクレヨン。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

こんなものいつのまに？
掌にちょこんと転がるクレヨンを凝視、一回瞬きをする。
寝ている間も火照り帯びた手のひらに大事に握りしめていた証に、クレヨンには自身の体温が伝染っている。
すりへったレヨンをためつすがめつ、あらためて地面を見下ろし目をまん丸くする。
横断歩道一面を絵が埋め尽くしていた。

ひとつひとつは子供の落書きに過ぎない。ありていにいえばへたくそだ。
まだろくに字も書けないような幼児が、小さく丸っこい手でクレヨンをむんずと掴んで、空想の羽ばたくままに伸び伸びと野放図に描き殴ったらくがき。
チューリップ、車、飛行機、手を繋いで遠足に出かける子供たち、山を越えて谷を越えてその先に広がる青い海と青い空、おたまじゃくしのようにデフォルメされた音符が跳ねる鍵盤……
そして、どこかで見たようなきつねとたぬき。

「すごい……」

横断歩道全体をキャンバスにしたカラフルなパッチワーク。
点が一本の線となり、線と線が繋がり輪郭を成し、やがて一つの絵を形づくる。

上手い下手で論じる表現じゃない。
芸術だの作品だの、堅苦しい定義の枠に押しこめるものでもない。
道路を埋め尽くす絵はどれもとても生き生きしている。
うねうねと曲がりくねった線や破天荒な色使いが、マンホールや横断歩道の縞まで落とし穴や川に見立て取り入れる子供特有の大胆かつ自由な発想が、見るものに訴求するエネルギーを放っている。
色彩のごった煮から生まれた洪水に呑みこまれ圧倒される感覚に、無意識の内にクレヨンをぎゅっと握り直す。

↑　ページトップへ

フロム・エイプリル・フール

フロム・エイプリル・フール

コミュニティ

コミュニティデータ

メンバー