*prologue
甘い飴玉を口に含んで瞼を閉じる。
目の前に広がった真っ暗な闇。
真っ暗闇に沈んで。沈んで。
落ちて。落ちて。何処までも堕ちて。
気が付いたら、違う世界。
元いた世界と少し似ていて
だけど全然、違う世界。
そもそも、元いた世界って何処だっけ。
どんな世界だったっけ。
どうやって此処に、来たんだっけ。
ここは何処なの。私はだあれ。
私って一体、誰だっけ。
私の名前、なんだっけ。
わからないけど、別にいい。
だってこの世界では
何もわからなくたって、きっとなんにも困らない。
だけどやっぱり、名前は欲しいな。
何がいいかな。何にしよう。
そうだ、アリス。アリスにしよう。
私はアリス。私はアリス。
口に出して、繰り返して、うんうんと頷いてみる。
そういえば、さっきから手に持っている
これは一体なんだろう。
鈍色に光る鋭いナイフと
青色の水が入った三日月の瓶。
なんだっけ。なんだっけ。
なんにもわからないけれど
私が手に持っているから
これはきっと、私のもの。
私はアリス。私はアリス。
空から降り注ぐ太陽の光がちょっと眩しい。
ずっと此処に座っていたら
私は焼けて死んじゃうのかな?
私はアリス。私はアリス。
私は面白いものが好き。
もっと面白いもの、他にないかな。
面白いものも大切だけど
さっきから足がズキズキ痛い。
少し休ませて貰いましょうか。
座り心地が悪そうなソファーに座って一休み。
座り心地はやっぱり良くない。
寝転んでみると背中が痛んだ。
何かを下敷きにしているみたい。
身を起こすのが面倒で背の後ろに右手を入れて
手探りで取り出す 怠惰で不精。
背の下から現れたのはカラフルな色した正六面体。
ルービックキューブという名のオモチャ。
私はアリス。お姫様じゃない。
だけどこんなのを背に敷いてたら お姫様でなくても痛い。
ルービックキューブはえんどう豆より 大きくって硬いから
これは全然不思議じゃないわ。
ルービックキューブをくるくる回す。
色を揃えようと試みる。
中々揃わない。かみ合わない。
簡単そうで難しい。
色が沢山なければいいのに。
全部同じなら簡単なのに。
全部全部同じ色なら苦労したりはしないのに。
イライラして悲しくてもう嫌だって投げ出して
捨てたくなったりもしないのに。
だけどそれじゃあ意味がない。
面白くないし楽しくない。
面倒だから、苦労するから揃った時に嬉しいの。
練習すれば上手くなる?
ちゃんと出来るようになるかしら。
でもでも、今日は飽きたから
ちょっぴり疲れてしまっているから
また明日、そう。また今度。
明日がいつ来るか、わからないけど。
今度がいつか、わからないけど。
少し眠ってしまおうか。
少しだけ。そう、少しだけ。
いつだったかもこの部屋で眠ったことがあるような。
そんなことってあるはずない。
私はここへはじめてきたの。
そうでしょう、アリス?
私はアリス。迷子のアリス。
お休みなさい。お休みなさい。