*prologue
甘い飴玉を口に含んで瞼を閉じる。
目の前に広がった真っ暗な闇。
真っ暗闇に沈んで。沈んで。
落ちて。落ちて。何処までも堕ちて。
気が付いたら、違う世界。
元いた世界と少し似ていて
だけど全然、違う世界。
そもそも、元いた世界って何処だっけ。
どんな世界だったっけ。
どうやって此処に、来たんだっけ。
ここは何処なの。私はだあれ。
私って一体、誰だっけ。
私の名前、なんだっけ。
わからないけど、別にいい。
だってこの世界では
何もわからなくたって、きっとなんにも困らない。
だけどやっぱり、名前は欲しいな。
何がいいかな。何にしよう。
そうだ、アリス。アリスにしよう。
私はアリス。私はアリス。
口に出して、繰り返して、うんうんと頷いてみる。
そういえば、さっきから手に持っている
これは一体なんだろう。
鈍色に光る鋭いナイフと
青色の水が入った三日月の瓶。
なんだっけ。なんだっけ。
なんにもわからないけれど
私が手に持っているから
これはきっと、私のもの。
私はアリス。私はアリス。
空から降り注ぐ太陽の光がちょっと眩しい。
ずっと此処に座っていたら
私は焼けて死んじゃうのかな?
下った先にあるのは、そう。
不器用で優しい彼の巣が…。
彼?彼って、だれだっけ。
誰だったっけ。忘れちゃったわ。
今はそんなことよりも
私が階段を下りていて、底へもうすぐ辿り着く。
そのことの方が重要ね。
いち、にの、さんで。ほら、ついた。
一階から降りてきたからここは地面の下。地下廊下。
廊下には扉が並んでる。
扉はどこに繋がっている?
一番目の扉をノックする。
こんこんこん。誰かいますか。いませんか。
返事なんて待たないで扉を開いて中へと入る。
いつもはノックしないのよ。
今日の私はノックをしたから
今日の私は普段より
ちょっぴりだけいい子なの。
扉の中は薄暗い部屋。
薄暗くて殺風景な部屋。
誰かいるような気がしたけれど
誰もいなくてとっても静か。
あるのは間接照明と
パソコンの乗ったスチールデスク。
座り心地が悪そうなソファー。
パソコンの電源がついたまま。
誰もいないのについたまま。
電気の無駄遣いは良くないわ。
資源は有限。資源は有限。
でももしかしたら無限かも。
空想が無限であるように。
パソコンの中には何がある?
マウスを手に取り矢印を動かす。
電子箱の世界を気ままに探索。
適当にファイルを覗いてみると…。
あらあらまあまあ。これはまあ。
なんてショッキングピンクなの。
最低。最悪。見なきゃよかった。
後悔しても手遅れなのよ。
一度覗いてしまったら、覗く前には戻れない。
忘れてしまえば別だけど。
ネズミをぽいと手放して
熱くなった頬を押さえる。
今度はあそこの隅にある
袋の中身を覗きましょ。
後悔するかもしれないけれど
中身がどうしても気になるの。
がさがさごそごそ。
袋の中身は色んな衣装。
婦警服にナース服にチャイナ服。
どれもこれも作りがチープ。
スカート丈は短くて、スリットが深くて、なんて破廉恥。
このお部屋の御主人様はこういうのが趣味なのかしら。
着るの?着せるの?着せられるの?
どれにしても趣味が悪い。
私はアリス。私はアリス。
私は面白いものが好き。
もっと面白いもの、他にないかな。