旧市街の一角に建つ個人経営の診療所。
院長はまだ三十二と若輩だが腕は確かと評判でその上人柄もよくハンサムときて、シーサイドタウンや星ヶ丘の住民も頻繁に通ってくる。
しかしその本性を知るのはごく親しい一部の人間と身内に限られる。
「本性はただの腹黒なのにさ」
キャスター付きの椅子に跨りくだを巻くのは、派手なシャツをだらしなく着崩し、ベリーショートの髪をどぎついピンクに染めた男。
弓なりの弧を描く細眉とやんちゃに切れ上がった目、元から童顔なのか若作りなのか年齢不詳な外見と相まって、くるくるころころと変わる表情が人懐こい印象をもたらす。
両耳に穿たれた無数のピアスといい華奢な首筋を伝って鎖骨の窪みでうねるチェーンといい、一見して遊び人の伊達男といった風情だ。
軟派な見た目に似合いの軽薄に間延びした声音でぼやき、呆れた表情で仰ぐ先には、白衣を羽織った均整とれた痩身の青年がいる。
眼鏡が似合う怜悧な切れ長の双眸、酷薄に整った口許、上品な色白の肌に映える癖のない黒髪。
一見してインテリじみた風貌だが、よくよく観察すればその顔の造作一つ一つは椅子に掛けた男とひどく似通っているとわかる。
白衣を纏う男の名は三夜霧人。
弱冠32歳にして個人経営の診療所を開業し、順調に軌道に乗せつつある優秀な医者にして、椅子に座る男…
三夜雷一の正真正銘双子の兄である。
「人に金を借りに来てその言い草はなんだ。貴重な休み時間に募金めあての貧相なツラ見せられる俺の身になれ、ブレイクタイムが台無しだ。コーヒーが苦くなる」
「コーヒーは元から苦えだろ。お前が腹黒なのは事実だし。あー訂正、腹黒鬼畜ドSだよな」
「俺はただ研究熱心なだけだ。金をくれてやる代わりに実験台になって刺されたり縫われたりする、お互いイイ取引じゃねえか。お前になら危険なクスリを試しても心が痛まねーしな」
「病院の評判が下がるのがイヤなだけだろ」
「わかってんじゃねえか。だったらもうちょっと忍んでこい、ただでさえその卑猥なピンクの頭は目立ちまくる。なんだお前は?歩く猥褻物陳列罪か」
「へーへー俺様ちゃんが弟ってバレたら困るワケな」
「医者は信用を売る商売だ。お前が女に背中を刺されておっ死のうと興味はねえが、くれぐれも俺の病院の半径50メートル外で頼む。サツにたかられたら患者がびびる」
足を払われぐらつき転倒、両手をついて床にひっくり返った雷一を高圧的に見下し、白衣の懐から紙幣を取り出す。
「いっつぅ~~……てっめぇクソ霧人!!」
痛みに呻く雷一の頭上で無造作に手を一閃、薙ぎ払うように紙幣をばら撒く。
「どうした?拾えよ。這い蹲って、床を舐めるようにな。ちょうどワックスを掛け直そうと思ってたんだ、手間賃浮いて大助かりだぜ」
優しいお兄サマのお情けだ。
ちらつく紙幣の合間から背筋の寒くなるような酷薄な笑みを垣間見せ、白衣のポケットに片手をひっかけ、斜に構えて顎をしゃくる。
うっそりとほくそ笑むた霧人の足元に這い蹲り、怒りと屈辱に震えながらも哀しい性で紙幣をかき集め、くしゃくしゃに握り潰した札を乱暴にポケットに突っ込む。
ジーパンの尻ポケットから溢れんばかりにはみ出た札もそのままに立ち上がり、一部始終を冷ややかに眺めていた霧人の顔面に憤然と人さし指をつきつける。
「こんな金!……もらっていくぜあばよ!」
慌ただしく駆け去る弟を見送り、椅子に戻って足を組み、茶番に付き合わされた徒労と韜晦を含んだ表情でため息を零す。
「………ったく、誰に似たんだか」
俺かな。
まさか。
終