ピアスの数は自己嫌悪の数と誰かが言った。
アルコールを吹きかけ消毒した安全ピンをつまみ、慎重に耳朶にあてがう。
指が震えて狙いが定まらない。
安全ピンの針先が耳朶をつつく感触が恐怖を煽り立てる、いやでもその瞬間の痛みを連想させる。
こういうのは思い切りが肝心だ、ぶすっといっちまえ。
けしかける心とは裏腹に指の震えは大きくなるばかり、一旦安全ピンを離して息をつく。
緊張に汗ばむ手、ぬるつく指に舌打ちひとつ、鋭利に尖った安全ピンを握り直す。
きつく目を瞑る。
痛みには慣れているが殴られ蹴られる痛みと刺す痛みはものが違う、折檻と自傷は別物だ。
耳朶は人体で特に敏感な場所、神経が密集して過敏にできてる証拠に吐息を吹きかけられるだけで背筋が騒ぐ。
これはけじめだ。
今までの自分に別れを告げ新しく生まれ変わるための儀式。
人には任せられない、自分でやる事に意味がある。
弱気に押し流れそうな意志に鞭打ち、銀に光る針を耳朶に添え、ゆっくりと慎重に、徐徐に圧力をかけていく。
つぷりと針が耳朶に沈む。
挿入の違和感と肉が破れるリアルな感触、それに伴う貫通の痛みが一気に襲う。
「―っ、あ」
思わず呻きを漏らす。情けねえ。
誰も見てなくても痛みに耐えきれず声を出した屈辱に塗れる。
肉を圧してできた窄まりを異物が通っていく感触は長引く程に不快感がいや増し、きつく唇を噛んで抗う。
一点集中の圧力に負け、ついに耳朶の裏の皮膚が弾ける。
漸く針が抜けた。一秒が百倍に引き延ばされているようだった。
慌てて針を抜き、血が滴る耳を両手で押さえる。
「っう……」
どうする?冷やす?絆創膏?海綿をおしつけりゃいいんだっけ。
ピアス穴を開けたあとの処理なんて誰も教えちゃくれなかった。
パニックに陥って縋るようにあたりを見回せば鏡の前に転がしておいた新品のピアスが飛び込んでくる。
何の変哲もないシルバーのピアス。
表面に薄らと蜘蛛の巣が浮き彫りされてるのが気に入って買ったモノだ。
咄嗟に引っ掴む。とりあえず栓すりゃ血は止まるだろうという単純で短絡な発想。
耳の穴にピアスを嵌め、改めて鏡の前に立つ。
顔を傾け体を斜にしあらゆる角度からピアスが光る耳朶を観察、新しく生まれ変わった自分をつくづく見直す。
どう頑張っても女には見えない、普通のガキがそこにいた。
「……悪くねえな」
と、思う。
初めてピアスを開けた時の話。
俺の自己嫌悪はここからどんどん増えていく。