初雪が、街の景色を変えていく。
街灯に浮かぶ石畳や、パン屋の看板が白く染まりゆく様は美しいけれど、眼鏡まで覆われるのは頂けない。
エリザ・マグノリアは紙袋に入った主の新しいコートを見やり、結い上げた金髪に着いた雪を払うと、ジャケットの襟を立てる。
屋敷までは、もう少し歩かねばならない。
ジャケットを引き合わせて歩くエリザの横に、一台の車が止まった。
怪訝な顔で見ると、後部座席の窓が下がる。
「金髪のレディ。屋敷までご一緒にいかがです?」
ふざけた様な、心配するような、なんとも言えない顔をした主が言う。
「助かります。コートが濡れては大変ですから」
エリザは紙袋を抱きしめながら、赤くなった鼻をすする。
主はヤレヤレと車を降り、紙袋を受け取る。
「さあレディ、車内へどうぞ」
言いながら主は、袋から仕立ての良いコートを取り出し、エリザの肩に掛けた。
柔らかな肌触りの黒いロングコートは彼女を余さず包み、いや、余った裾が石畳に着いてしまっている。
「なっ!」
抗議の声を上げる彼女を制し、主は言う。
「私のコートをどう使おうと、私の勝手です。違いますか?」
開いた口を無理矢理閉じた彼女は車内に乗り込み、不満顔で主を急かす。
「では早く屋敷に帰るとしましょう。汚れたコートを綺麗にしなければいけませんから」
主は苦笑を浮かべて乗り込み、運転手に告げる。
「レディがご立腹です。急ぎましょう」
車は屋敷を目指し、雪の舞う街を走る。
街路樹はすっかりベールに覆われ、街灯のオレンジの光を反射する。
「このコート、暖かいですね……」
微かな呟きは、静かな車内で驚くほど響き、堪え切れずに主と運転手が噴き出す。
釣られてエリザも、少し笑った。