こちらは展示物の紹介トピックになります。
恐れ入りますが、管理人以外は書きこまないでください。
ソレからは、冷たさと暖かさが同時に感じられた。
ソレからは、切なる願いと薄暗き傲慢が同時に感じられた。
展示室の隅、奇妙な自動人形や、美しい装飾のオルゴール達に隠れるように。
ソレは、真鍮で模られた心臓は、ガラスケースの中でゆっくりと動いていた。
だが、赤い循環を作りだすべき管は、どこにも繋がってはいない。
只、満たされる物無き部屋が静かに、正確なリズムを刻み続けていた。
アナタの表情は雄弁に語っていたのだろう。
目が合った館主は、問われずとも語り出す。
心臓の、哀しく奇妙な由来を。
「ソレはオーストリアの、古い民家の地下室から発見された物です」
言って館主は隣に展示してあった、オルゴールの蓋を開いた。
真鍮の櫛歯が爪弾かれ、美しくも哀しいメロディーが館内を満たす。
「一緒に見つかった日記から、その家には医者の一家が住んでいた事が分かっています。
故に発見当時のソレは、変わった趣の心臓模型であると考えられていました」
それを否定したのは、同時に見つかった数冊の研究ノート。
専門用語で埋められたノートは好事家達の目を惹かず、幾人かの手を渡り継いだ後、医療の心得を持ったコレクターの目に止まった。
ノートは語る。
心臓を患った、医者の娘の存在を。
ノートは語る。
医者が試みた、様々な治療法を。
ノートは嘆く。
絶望の縁で、医者が行った、様々な実験を。
暗い海上を、希望の光目指して漕ぎ続けた医者は結局、至ったのだ。
そう、実に、惜しい所まで。
後半の数ページは三日間の、素晴らしい出来事と、喜びと、感謝の言葉で埋め尽くされていた。
四日目、最後のページには一行だけ
『我が 生涯を掛けた 研究を終了する』
そう書かれていた。
「模型では無かった。そう言う事ですね」
これ以上掘り下げるべきでは無い。
館主の表情は、そう語っていた。
髭を一捻りした館主は、演奏を終えたオルゴールを撫でると、ふと、微笑み
「このオルゴールも、同じ民家で見つかった物です」
言うと、素朴な木彫りで飾られた蓋の内側をこちらに向ける。
「歪んで読みにくいですが、こう書いてあります『金色のハートを ありがとう パパ』と」
『Herz』を館主は、敢えて『ハート』と訳した。
「泥人形に命を与えた神でも、ブリキのおもちゃに心を与えた魔術師でもない医者に、娘を救う事は出来なかった」
でも、と
「娘の心は、医者の愛で満たされていた。そう、思いたいですね」