何年も前に引き払われた、とある個人商店の前
「貸店舗」の3文字の真下に冷めたハチワレみたいな女が1人、陣取っている。
べっこべこにヘコんだシャッターにべったり寄っかかってあぐらをかいて
まばらになった人の流れを無気力な眠い目でぼーーっと眺めている。
ボロいギターケースにすりきれたズタ袋、煌々と光るランプが傍に置かれ
ナニを聴いているのか、ヘッドホンを着けたまま…誰かが来るのを待っている。
…
(唐突ですが助っ人が到着次第、助っ人と市子の2人で1曲歌います
時間帯は夏場の暗くなり始めた頃合い
帰宅途中、夜遊びに行きがてら、ただの通りすがり、ご近所さん…
どなたも、良かったらちょっとだけ足を止めて、聴いて行きませんか?
もしも感じることがあったなら、足跡を残してくれると嬉しいです
演者は歌い終えるまで会話できませんが、ナニカ反応はする…かも
チナミに歌や演奏の飛び入り参加はごめんなさい今回ナシの方向で…)
待って…待って…待って…待って…
二度と離れまいと 噂を連れてく
(目を閉じ、俯いて音楽に聞きいる。
その姿は酷く寂しげで、悲しげ。
「待って。置いていかないで。
もっとそばにいたいのに。
愛しているのに。」
唇だけでそう呟き
閉じた目からはらはらと涙を零す
(ほんの少し。音域をずらして。
溶け残ったナニカを優しくすくいあげるように、また。歌い出す)
許されぬ想いに 刺さる卒塔婆もすたれ
――午前二時さまよう あはれ二人の…逢瀬
(じっと聴いていた。息が止まるほど。
悲しい物語の中の、一体の人形と向き合って……)
………
(旋律が、静かな余韻を奏でるものに変わったあとでも、
未だぼうっと。
遠いところを見る目のまま。)
…………
(悲鳴に似た音の連なりがまたたいて、止む。
やがて、ゆったりと、静かに。小さな火がじわじわと広がるように。
もう寒くも怖くもない、ただ、もの悲しい調べが。そっと控え目に溶け出す)
「マッテ」
誰かもどこかも分からず…ただ
モット傍ニ居タイノ
覚えていない 気持ちしか
ドウシテソンナ顔スルノ?
(ぴんっと一度弾く。調子の外れた震動は疑問符を想起させる。
なだらかに。二度三度四度五度と下る音階は徐々に小さく…消え入って)
(ギターをなだめるように包むように後を追う。
今にも泣き出しそうな音色は可愛らしく、危うく。
絶え間なく起伏を繰り返す白と黒の階段は冷たく。
けれど隙間に見え隠れする熱望は、無邪気で純粋でまっすぐで…怖ろしい)
(ふらふら歩いてきたが、音色に足を止め)
…ほぉ~。見事に路上を自分たちのステージにしたなぁ。まだ実力的にも伸びそうだし将来が楽しみだ。
(呟いて、付近の店内に消える)
(「囁く」と言われた割、小刻みに震える弦が選ぶのは高い音ばかり。
駆け回るノートは激しく。いつか切れてしまうのではないかと不安が募る。
音に酔っ払ってでもいるのか。新たな客を見る目はぼうっと。すわっていて…
対照的に手は休むことなく掻き鳴らす。三つ編みがつられて、揺られ )
彼ハ優シイ人 ワタシ タダノ人形
デモ届カナイ声デ「シアワセ」ッテ囁ク
哀しい理由(ワケ)知るのは眼を亡くした山だけ
「待って置いてかないで」 120回叫べど
見つからぬ思い出は 参道の隅で泣く
(歌声を伸ばすように繋いで鍵盤を弾ませる。
それまで控え目だった伴奏は突如軽快に。だが同時におどろおどろしく。
聴衆を、参道を、非日常へと誘う音色は、なんだか作り物じみていて。
まるで、そこに、うしろに……目の前に。ナニカが居て、ナニカ言おうとして――)
…。
(ギターの音と歌声に足を止め
切ない歌詞に思うところがあったのか
酷く淋しげに目を細め
その場に佇んで静かに聞きいる。