遊園地の敷地内にある野外音楽堂
石造りのステージでは嘗て手品やお芝居、ヒーローショーが演じられていたが、今は演者も観客もなく静まり返っている
ステージには壊れたピアノが一台打ち捨てられている……
詩的……かな(首を傾げ)自覚はないんだが……言い回しがくどいと指摘された事はある
おそらく指摘した本人の影響だと思うが
こんな廃墟だからこそ集まるとも言える
新品のピアノは音が軽い。このピアノは音こそ錆びて軋んでいるが、そこに至るまでの歳月が蓄積されてる
……一人になりたい時にはいい場所だね、ここは
見つけたのは偶然だが、歩いていると心が落ち着く
(従夢君に質問され、陽太君を一瞥してから)
古い……というほどでもない。会ったのはほんの数か月前だ
それから色々な経験をしてね……この島では妙な事が起きるだろう、一緒に巻き込まれるうちに縁ができたのさ
彼の修復の腕を高く評価しているのは事実だが。
実にユニークな粘土細工を作るんだ、機会があれば見せてもらうといい
弾く資格の有無ね。……私見を述べるなら、見返りを求めず全てを捧げる覚悟がある者かな。
音楽の神は気まぐれだ。努力に見合う成果を返すとは限らない。凡人の献身は徒労でしかない。
それでも情熱を失わず、打ち込み続ける者しか高みに到達し得ない。
あくまで俺個人の意見だ。私見と前置きしたが偏見かもしれない。
……時折わからなくなる。俺が今さらピアノを弾く意味があるのか、弾く事で何か変わるのか
あいつはそれを望んでいるのか……
この試みが無意味でも、停滞した現状を打破するきっかけにはなると思う。
今はそう信じるしかない
(深雪さんの台詞を反芻し)
……「あった」ではなく「いた」、か。なるほど……
俺はただ無機物が破棄されてるとしか思わなかったのに……君は、いや、君達は優しいな。
君の家にあるピアノと?
……面白い、よければ製作者について聞かせてくれないか。知ってる情報だけでいい
少し前までピアノの来歴など気に留めなかったが、陽太君に感化されたのかな。
先日ヴェネツィアの絵葉書を置いていった人物も気になる
……まいったな。そんなにその……気取った言い回しをしてるか?(ばつ悪げに言い淀み、眼鏡のブリッジを押し上げる)
……とるにたらない独り言だ。気にしないでくれ。
リクエストは考えておくよ。
実際聞くまでわからないが……(深雪さんの指を見つめ)冬の湖に張る薄氷のように、繊細に凛冽と、透き通った和音を奏でそうだな。
耳が痛い、か。意外だね。君はどちらかといえば天才の側に属する人間に思えたが
……失言だったな。試す前から諦めるのは俺の悪い癖だ