遊園地の敷地内にある野外音楽堂
石造りのステージでは嘗て手品やお芝居、ヒーローショーが演じられていたが、今は演者も観客もなく静まり返っている
ステージには壊れたピアノが一台打ち捨てられている……
すまない、失礼な言い方だったな
フランクな人柄とでも言おうか、そのギャップが君の魅力なんだろうね
(蝶のイヤホンジャックを見おろし)
凝ってるな。市販品と言われても納得してしまいそうだ
フリーマーケットやネットオークションに出品したりは?
俺は創作方面の才能がないから純粋に羨ましいね
なるほど、なかなかの音楽通と見える
俺は騒音や人ごみが苦手でね……ライブハウスも敬遠してしまいがちだ
誰にも邪魔されず自宅で音楽に浸る方が性に合うが、このへんは完全に個人の好みだろうな
先日のネコフェスではクラシック同好会でミュージカルをした。
大勢で舞台を作り上げる、観客と奏者が一体となって音に身を委ねるという行為は、日常からかけ離れた祝祭的昂揚をもたらす。
ライブハウスに通い詰める人間の気持ちが少しだけわかった
話を聞く限り君とは正反対のタイプだね>弟
俺には兄弟がいないから兄弟間の会話はいまいち想像しかねるが
…案外隣の芝生は青く見える現象かもしれないぞ?
頭が固いのは彼の個性だ。周囲が気を揉むには及ばない
…そう思うか?(「いてほしいから呼んでいる」という言葉に疑念のまじった複雑な表情をし)
俺がいてもいなくてもアイツは揺るがない
それでも呼びつけてそばにおいておくんだから嫌がらせじみていた
…あいつの行動に意味をこじつけるほうが不条理だが
社交的なのは確かだな。
コンサートだの何だので年中忙しい癖に頻繁にサークルに出入りして、ことあるごとに俺を振り回した。
何であんな性格の悪い男と友達をやっていたのか、今考えると不思議だ
家柄もよく容姿と才能に恵まれて……
なにもかもを極めすぎて、陳腐なまでに完璧で、すべてに退屈していたのかもな
…故人の心理分析など不毛だが
(呉井さんの感想を体温の低い無表情で黙って聞き)
……君はそう感じたのか
確かにひとを選ぶ音楽だな。
天才だからそれが許された。実力と釣り合う傲慢さを是とする天才だけが持ち得る特権だ
……ただ一人の理解者に向けて、か。
ある批評家が言っていた、「時任彼方の演奏は情熱的な遺書のようだ」と
一曲一曲に命を賭してるような、そうやって魂の叫びを伝えようとしているような演奏だと
(暗号という比喩に言い得て妙だと苦笑し)
まるでロールシャッハテストだな
聴く者のコンディション次第で毒にも薬にもなる
あいつの演奏がただ一人の理解者に向けたものなら……
正しく意味を汲み取れなかった俺に、もうその資格はないな