唐突だが、俺がこの寝子島にやってきた経緯を話そうか。
望月財閥――日本では有名な財閥の一つ。
様々なジャンルに手を出している由緒正しい会社だ。昔は小さな会社だったらしいが、先代の発明が受けたらしくここまで大きくなったらしい。
俺はその望月財閥の娘、正しくは社長である父親と愛人の間から出来た娘といった方がいいだろうか。
自分の過去は関係ないので捨てておこう。
今回の主題となるのは望月弥生、母親違いの姉。二十五歳。
母親譲りの緩やかな金髪、目の色は父親譲りの黒色だ。顔立ちは家族の引け目なしでも美人といわれる部類だろう。美男美女の両親から生まれたら、子供も美人なのも当たり前だ。性格は穏やかで、怒る事が無い人。怒った姿は一度も見たことが無い。
姉ちゃんみたいな人はひたすら笑ってるから威圧感があって怖いといった方がいいだろう。
体型は母さん譲りで胸がでかく、引き締まってるところはきっちりと引き締まっている。体系的な意味でも母親の遺伝子が父親の遺伝子に圧勝したんだろう。
そんな姉ちゃんには恋人がいる。
クロード=アーム、フランス人から日本に留学してきた男。
歳は三十代、姉ちゃんとは五歳差。フランス人特有の金髪を右肩にたらし、黒ぶちメガネに無精ひげが生えている。目つきは若干眠そうな感じで、人もの色はコバルトブルーだ。他の人間からはやる気のなさそうな目に見えるといわれるそうだ。
兄貴とであったのは、俺が中学二年で姉ちゃんが十九のときだった。
親父が偶々よったレストラン兄貴が居た。兄貴の料理を食べた親父はその味が気に入り、自分の専属シェフへとスカウトしたらしい。兄貴は二つ返事で了承し家に連れてこられ、紹介された。
姉ちゃんは兄貴に一目惚れをした
そこから姉貴の熱烈アプローチと俺の協力もあってからか、二人は恋人になった。黒いノートが合ったら計画通りと笑みを浮かべていただろう。
二人の付き合いは順調に進んでいた――が、問題が一つだけあった。
恋愛には障害というものはつき物だ。二人が幸せになるためにはどうしても越えなければならない壁がある。
いつかばれるだろうとは思ってたが、意外に早く見つかってしまった。
「そっか。で、姉ちゃんが見つかったからどうした?」
「二人が住んでいる洋食屋に住め」
「おい、言っとくけど連れもどせってんなら」
「そうじゃない」
俺の言葉を親父はさえぎった。
「様子を見て来い、それだけだ」
「……」
俺に背中を夢来たまま、その一言だけだった、勘当したとはいえ自分の大切な娘だ。元気にやってるかどうか気になって仕方ないんだろう。おっさんのツンデレウゼェと思いつつ、これと無い申し出だったので受けることにした。
そこから手続きだの色々とあって入学をするのが少し遅れてしまう。
行きの飛行機に乗る前に、見送りに来た母親と会話をした。
「んじゃ、いってくるよ」
「気をつけてね。弥生にはよろしく言っといて」
「了解。あっちについたら連絡するよ」
「お父さんにもよ?」
「……」
「嫌そうな顔をしないの」
「へいへい。それじゃ、いっちきまーす」
持っているキャリーケースを引きながら、飛行機へと向った。
金持ち専用の席に座り、のんびりと窓の外を眺める。空は雲ひとつ無い晴天、出発日和といえるだろう。
寝子島に行っておかしな能力を手に入れ普通ではないフツウに巻き込まれ日常。
そんなものが待ってるなんて親父に連絡するのウゼェと思っていた俺に、知る由なんてなかった。
「それに、多分お父様のことだから。私を無理やり婚約者の立てた別居に住まわせて、クロードと会わせない様にするわ」
「あー……」
姉ちゃんの言ってることは否定できなかった、あの親父だったらやりかねない。兄貴を辞めさせた後、姉ちゃんをそこに住まわせて二度と合わせないよう手筈するだろう。
それだけは避けなければならない。
この二人の幸せだけは守ると決めたんだ。もう二度と、離れ離れになんてさせやしない。
「確かに、そう考えると兄貴と姉ちゃんは駆け落ちした方がいいよ」
「でも、それじゃあ社長に」
「今の親父に何を言っても無駄だよ、灯油が入ったポリタンクを火にぶちこむ事と同じだ。親父の怒りが収まった後にまた説得すればいいじゃん」
「……」
兄貴はどこか納得できない表情をしている。自分を雇ってくれた社長に対する裏切りの心が大きいんだろう。
姉ちゃんが兄貴の腕をとった。
「クロード、私は何があっても貴方の傍を離れるつもりは無いわ。貴方が嫌だといっても私は貴方を連れて行く」
姉ちゃんはじっと兄貴を見つめている。
兄貴は一瞬だけ顔を逸らす、決意を決めたかのような目つきになった。
「……社長を裏切るのは本当に申し訳ないと思ってる。けど、僕も弥生の傍に居たい」
決まったようだ。俺は心の中で安堵する。
二人の駆け落ち先を聞くと、親父に了承を貰った後とある島で洋食屋を営むことになっていたらしい。
島の名前は寝子島。どうやら、最近高校を建てるとかで噂になっているらしい。そこに住んでいた老夫婦が知り合いで、引退と共に兄貴に店を引き渡す話になったらしい。そこで二人で暮らしていくと兄貴は言った。
俺は姉ちゃんに、あちらに言って携帯を変えたらすぐに連絡することを約束させた。
姉ちゃんが寝子島に行って、一年がたった.
その間に俺は受験シーズンに突入し、どこの高校に行くか悩んでいた。正直どこでも良いかと考え阿弥陀くじで高校を決めようと思っていた。そんな時、親父に呼び出された。
どうやら、姉貴の居場所が見つかったらしい。
姉ちゃんはいつもどおり微笑んでいるように見える。いや、微笑んでるように見えるだけだ。纏っている雰囲気がヤバイ。微笑みつつも内心相当怒っている。
姉ちゃんは椅子から立ち上がり、兄貴の腕を取った。
「お父様のお気持ちはよく分かりました。クロード、行きましょう」
兄貴の手を引っ張って立ち去っていく。
椅子から立ち上がり二人の後を追おう。
「姉ちゃん、兄貴」
無駄に広く、長い廊下で二人を呼び止めた。姉ちゃんは足を止めこちらを見る。
「神無」
「いきなり立ち上がるから驚いたぞ」
隣に居た兄気が申し訳なさそうな顔で俺を見る。
「すまないね、神無。僕のせいで」
「兄貴は何も悪くねぇよ。遅かれ早かれ、糞親父に伝えてたんだろ?」
親父に報告するきっかけを作ったのは兄貴だった。このまま隠していてもいずれは親父にばれるから、正直に報告して許してもらおう。そう姉ちゃんを説得したらしい。
親父のことなんて気にしなくて良いと思ったが、自分を雇ってくれた社長にも申し訳ないからだと。
「けど、このままじゃやばくねぇか? 糞親父のことだ、兄貴を即効で辞めさせると思うぜ」
「覚悟の上だよ。僕は社長の令嬢に手を出したから当然だ。あと、神無。自分の父親に糞をつけるのは良くないよ」
「いいじゃんあんな奴糞親父で。こっちの言い分を聞きやしない父親なんて」
「決めたわ」
先ほどまで黙っていた姉ちゃんが声を上げた。俺と兄貴は姉ちゃんのほうを見る。
「弥生?」
「どったの姉ちゃん」
「駆け落ちをしましょう」
「……はぁ?」
「……へ?」
唐突な提案に素で「はぁ?」という声がでてしまった。
「いやいや、姉ちゃん。どうしてそうなった。どうして駆け落ちって言う結論がでちゃったの? っつーか、今までの会話の文脈からどうしてその発想が思いついた」
「あら、定番じゃない。結婚を反対された社長令嬢と恋人は駆け落ちするのが相場よ」
「姉ちゃんドラマや漫画の見すぎだと思う。なんでちょっとコンビニ行ってくるみたいなノリなの、ねぇ」
「認められないなら駆け落ちしかないわ。一回やってみたかったのよね」
ツッコミが追いつかないってどういうことだってばよ。姉ちゃんこんなに行動派な人間だったか、俺の姉がこんなにアクティブなはずがない。
その壁は今、激怒している。
「どういうことだ!」
白いテーブルクロスがひいてある長机の上においてあったナイフとフォークが、拳を振り下ろした衝撃で軽く飛び上がった。皿の上に料理が残っていたら飛び散っていただろう。親父の表情は怒りに満ち溢れている様子だ。自分の前に座る姉とその傍らにいる兄貴を睨みつけていた。
机を叩かれも動じず、いつものように穏やかな笑みを浮かべた姉が言い放った。
「ですから。私はクロードとお付き合いをしていますので、婚約の件は拒否させていただきます」
夕飯時、話題は姉貴の婚約の話になった。といっても親父が半強制的に進ましてたといった方がいいだろう。相手はどっかの大企業の御曹司らしいが……俺も姉ちゃんもそいつが嫌いだ。生理的に無理、その一言に尽きる。
親父が一歩的に怒鳴り、兄貴が何か言っている。ここで母親が止めるべきだろうと突っ込む人たちもいるだろうが、肝心の母親はこの光景をニコニコ笑いながら見ている。
止めない理由は姉貴の反抗期を見守りたかったから、だそうだ。
姉ちゃんは今まで親父のいうことを聞いて育っていた。習い事をやれといわれればこなし、親父が求める評価を出してきた。そんな姉ちゃんが今この瞬間、初めて親父に歯向かっている。娘の成長が嬉しくて仕方ないんだろう。
俺はというと、携帯を持ってたら修羅場なう。姉と父親がガチ喧嘩なーう。と書き込んでただろう。口を挟めるような状況でもなく、見守ることしか出来ない。
親父の火の粉が、こちらへとやってきた。
「神無!」
「あ?」
「何でこのことを黙っていた!」
「あんたに言う義務なんて無いだろ? 姉貴の交友関係は全て自分に喋れなんて、言われたこと無いけどなぁ?」
「!」
親父は俺を睨むがそっぽを向いてやる。自分の思い道理に動かないからって、八つ当たりする大人はいやだねぇと声に出さず心で呟いた。いってしまえば火に油。怒りをこれ以上買って面倒になることはごめんだ。
次の瞬間、姉ちゃんの爆弾発言にわれを忘れた親父がとんでもないことを言った。
「いくらだ」
「え?」
「いくら渡せば娘と別れる」
馬鹿だ、この親父とんでもない馬鹿だ。
自ら姉ちゃんの地雷原に足を踏み込みやがった。金で何とかなるような奴なら速攻でわかれてんだろ。
姉ちゃんの方へと目だけを向ける。