―ガシャン
早朝の古ぼけたアパートの一室に、ドアの音が響いた
その振動でうず高く積まれたゴミ袋が雪崩を起こし、驚いた小さな虫が逃走を始め
舞った埃が、薄く開いたカーテンから差し込む朝日にキラキラと輝く
そんな部屋の中、少女は目覚めた
薄汚れた、元の色が何色だったのかさえ定かではない衣服を、血色の悪い酷く痩せた体へと引っ掛け
伸び放しになったくすんだ灰色の髪を払いつつ、少女は母親を探す
居間、台所、寝室・・決して広い部屋ではない、すぐに全室探し終わり
少女は再び居間に戻ってきた、どうやら母は出掛けているらしかった
偶然踏んづけたテレビのリモコンが、テレビに映像を映し出した
『さぁ今日から五月、今日は暖かな気候に恵まれ――」
その日、少女は一日テレビを見ながら母の帰りを待ち続けた
次の日も、その次の日も少女は母の帰りを待ち続ける
食べ物はコンビニ弁当の食べ残しと、お菓子が少し・・
テーブルの上には少女の食費か、はたまたただの置忘れか千円札が二枚ゴミの中に埋もれていた・・
『五月最初の日曜日、来週は――」
更に数日後、少女は未だ帰ってこない母に不安を感じていた
いつもなら3日に一度は戻って来る筈なのに・・
不安に思いながら少女はテレビを観る・・外に出ることは、母から禁止されていた
テレビの中ではみんな笑っていて、幸せそうで、自分とは違う世界の出来事を観ているかのようだった
ただテレビを眺めていた少女の目に、来週あるとあるイベントを紹介するコーナーが飛び込んでくる
少女をそのコーナーを一心不乱に見つめる・・
逡巡、少女は二枚の千円札を手に商店街へと向かった
外に出るのは禁止されていた、それでも出るだけの価値はある
少なくとも少女はそう思っていたし、信じていた
久々の陽光が目に沁みたが、少女は力強く歩き出す
確かな目的をその細い体に宿して
――――ドンドンドン!
ドアがノックされる
―――カチャ
ドアが開かれる
ドアから入ってきたのは青い制服を着た男だった
男は、まず生ゴミの腐臭いに顔を顰め
そして、ドアから居間の奥まで続くソレを見た
ソレは、粘土の道だった
ネコ、犬、ウサギ、サンマ、バッグ、指輪...様々な形をした粘土が
来訪者を歓迎するかのように、置かれている
粘土の道は腐海を真っ直ぐに進み、居間の奥まで続いている
道の先には、仲良く手を繋いだ親子に見える粘土、そして
細い息をした細い細い少女がうつ伏せの状態で倒れていた
少女の周りには、大量の油粘土の空袋があった
一心不乱に、それこそ命さえ削りながら粘土をこねていたのだろう
少女は最早、自力で起き上がる事さえ出来なくなっていた
それでも、その状態でも懸命に粘土に手を伸ばし続けている
・・かつて母が気まぐれに褒め、頭を撫でてくれた粘土細工
それが少女にとっての意味であり、理由の全てだった
お母さんが帰ってきてくれないのは私が悪い子だから
だから、褒められることをしよう
そうすればきっとお母さんは帰ってきてくれる、だって今日は...
しかし少女の願いは母には届かなかった
「お母...さん、わた..しがんば....ったよ?
いっぱ..いなでなでして..くれるよ..ね?....いっ..ぱい――」
青い制服の力強い腕の中で、それでも少女は母の温もりを求め続ける
もうおぼろげな母の笑顔と共に・・・
『五月の第二日曜日、天候に恵まれ絶好の――』
──了──