~前書き~
今回の主人公っぽい神無月文貴さんのPLさんにはちゃんと書いた後に許可を取っておりますのでご安心を、ご安心って誰に対する言葉だ(何
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~方違え~
不吉とされたり悪いとされる方角を避けて他所に移ってしばらく宿る(籠る)などして方位に関する凶運を除いたり、吉運へ転じたりする呪術的な作法である。
平安時代に貴族社会で盛んに行われて流行した。
寝子島の6月も例に漏れず梅雨入りとなれば連日の雨の影響で晴れの日でも湿度は高めだ、そうなると気温以上に暑く感じたりもする、そういう天気のときは無意味にイラついたりするものだ
しかし神無月文貴が、いつもの様子見に馴染みの拝み屋の家の前で年寄り相手に凄んでいるのはもっと別な理由だろう
「茶でも飲んでけってババア、俺だって暇じゃねえんだよ、あんたはしらねえだろうけどな、俺は暇じゃないヤクザの若頭って奴で、今も部下待たせてるし、今回来たのだって丁度近く通ってちょっとした様子見のつもりでだな……」
本職のヤクザが凄んでみせれば、大抵の一般人は怖気づいて相手のどんな横暴な要求でもいやいや呑んでしまうものだが、このヤクザよりも一回り以上小さな着物姿の老婆は、怯えるどころか気にした風もなく、相手をまっすぐに見据えながら、多少の苛立ちも混じった口調で
「だからその手下も一緒にどうかつってんだよ、いい年した大人が孤独で寂しい思いしてる老人の茶飲み話に付き合う余裕もないってのかい?夜中に風俗行く余裕はあるって言うのにねぇ……ほら、さっさと用意しちまうから上がってきな、悪いことは言わないからさ」
「てめっ!それとこれは関係な……だからあがらねえつってんだろうが!とっとと行くからな!」
家の中に入っていく年寄りを見送った後そういって身を翻した文貴の前に心配そうな顔で立ちふさがったのは彼の部下である松崎という、文貴より一回り大柄な体格の初老の男だ、いかつい顔の右頬に縦に入っている傷と髪一つない禿頭という分かりやすいヤクザらしい風体の男だ
「若、何モメてるんです?」
「あぁ、気にすんな、この家のクソババアがいいって言ってんのにしつこくここで茶飲んでけって言うんだよ、ったくこっちだって暇じゃねえって言うのによ」
―――4年後
拝み屋の晴海和子が死んで3年、父であった先代も既に亡くなり、後を継ぐことになってからも文貴は彼女が住んでいた家にはよく立ち寄っていた、生まれたときから面倒を見ている彼女の孫、飛鳥が一人暮らしをしているからだ、その日も部下を連れて仕事ついでに近くを立ち寄ったので、様子を見に来たのだが
「茶でも飲んでけって飛鳥、俺だって暇じゃねえんだよ、てめえはしらねえだろうけどな、俺は暇じゃないヤクザの組長って奴で、今も部下待たせてるし今回来たのだって丁度近く通ってちょっとした様子見のつもりでだな……」
しかしそんな少し困っている様子を見せている文貴のことなどお構いなし、という風に、飛鳥は文貴の手を引き
「だからその部下の人も一緒にどうかなーって思ってさ、ほら!おじさん最近忙しそうじゃない、たまには足を止めてさ、ゆっくり茶でも飲んで休むのもいいと思うよ?ね?ね?」
いつもは立ち寄ってもちょっとした近況報告にとどめて、そういう誘いなどしてこないくせに、今日のこいつはやけに強引だな、と、少し怪訝に思ったが、流石に仕事をサボって茶飲み話をしている暇はない、と断ろうとして、戻ってくるのが遅い文貴の様子をみに着た松崎と目があった
「2代目、どうしやした?」
「あぁ、気にすんな、この家のクソガキがいいって言ってんのにしつこくここで茶飲んでけって言うんだよ、ったくこっちだって暇じゃねえって言うのに……」
ここまで言って文貴は妙な既視感を覚えた、何年か前にも似たようなやり取りをしたような
「いえ、2代目」
「まぁいいか、そんな急ぐ話でもねえしな、邪魔するぞ」
松崎の言葉をさえぎるように言葉がついてでていた、それを聞いてぱっと明るい顔をして家の奥へかけていった飛鳥の背を見送った後
「……2代目」
「何もいうんじゃねえぞ、今日はちょっと疲れてるから一休みしてからいくだけだ」
「えぇ、そういうことにしておきやしょう」
穏やかな笑みを浮かべる松崎の尻を一発蹴った後文貴は蹲る彼を尻目に飛鳥の後に続いて屋敷にはいっていった
ちなみに彼らの目的地がどうなっていたかはご想像にお任せしよう
了