前書き:エレノアさんの許可とかもらって書かせてもらいました。もしもこんなの私じゃねぇ、というツッコミがありましたら引っ込めます(ぁ
──
薄暗い店内にそれはあった。
閉じられた目は眠っているような、穏やかな表情をした人形だった。
まるで生きているかのような、精巧な等身大のゴシックドレスを纏った少女の人形
それがまるで──かつての自分を見ているようで。
★
旧市街を目的もなく歩いていた時に、ふと目に止まった店。看板には【Hollow Ataraxia】とあった。
何気なく立ち寄った店はひっそりとしていて、普通なら見落としそうな印象だった。そこに彼女は興味を抱いた。
薄暗い店内に、ゴシック調のドレスやら、調度品等が並べられている。
どうやら店主の趣味であるらしい……懐古主義なのか、ゴシックホラーなのかは定かではないが。
「ようこそ、【Hollow Ataraxia】へ」
出てきた店主は深淵を纏ったような人物だった。
そのハイライトのない瞳は底なし沼のように深く、彼女を見つめてはほくそ笑んだ。
彼女もまた……知らずの内に笑みを浮かべていたのかもしれない。
そこに、自らと同類の気配の残滓を感じ取ったのだから。
店主は虚といった。 なるほど……虚なる平穏とはよくいったものだ。
彼女は自己紹介だけ済ませたら、そのままカウンターの傍の椅子に座ってゆっくりと紅茶を淹れていた。
彼女は赴くままに店内を見てもらおうという店主の意思と受け取った。
恐らくは手製であろうゴシックドレスはどれも見事で、一昔なら財産を築けただろう出来栄えだ。時間があれば刺繍等も自前でしているのではないだろうかというほどの拘りを感じる。一方で精巧な鹿や熊の頭部の剥製……少なくとも手先が器用なのは疑いようもない。
それらに埋もれるように、むしろかくれんぼをしてたのではないかのように。
それはあった。
──灰色の頭髪を持った、愛らしい少女の人形だった。
黒い布地に灰色のフリルとアクセントに青いリボンとで彩られたソレは、両手を膝の上に載せて備わった椅子に行儀よく座った姿勢で安置されている。
「……まるで生きているようですね」
★
「あらあら、意外と過激なのね貴方……さながら、人形殺害事件ってところかしら」
「……ぇ?」
彼女としても、意外だったに違いない。
今彼女が手にしているのは目を閉じたままの人形だった。ただし違うといえばその人形の首は彼女の手によってへし折られていた。
あれほど言葉を紡いだ口は最初のままだった。
いつの間にか、カウンターにいた店主が彼女の傍まで歩み寄って、声をかけるまで見ていたのはなんだったのだろうか?
「お見苦しいところを見せてしまいましたね」
「いいのよ。お人形は直せばいいのだから」
そっと彼女から人形を受け取った店主は、ニッコリとした笑みを浮かべていた。
「なかなか面白いわ貴方。……私達、仲良く出来そうね」
それは何を意図としていったのだろうか。
お互いに心の奥底に歪んだ何かを抱えているということか。
お人形を子供を抱く母親のように抱え込みながら、店主は改めて口を開いた。
「私の名前は常闇虚……貴方のお名前は?」
彼女は名乗った。エレノアと。
──了──
そっと頬に触れる。どんな素材で出来ているのかわからない……ひんやりとした感触には、けれど確かに柔らかな感触があった。
死体のような精巧さと冷たさを内包した、芸術作品……。
それが何故か、彼女はソレを自分のようだと考えてしまった。あの男の元で育った時期の、苦痛と屈辱に塗れた時間が、そこにあると。
──ええ、そうよ。だって、貴方だもの。
眠っていた人形は緑の目を見開いては彼女を見上げていた。
彼女と同じ声色で、彼女のように、歌うように。
──そうでしょう? 私(エレノア)。
──あなたは人形であることを強要されていた人間。あの男に人間らしさを剥奪された哀れなお人形さん♪
「……訂正なさい」
──ふふ、何をムキになっているのかしら? 事実なんでしょう?
──お人形さんはお人形さんらしく、お父様のいうことをきいてなきゃ♪
「訂正しろと、……」
彼女は人形(エレノア)のか細い首に両手をかけていた。人形はそれを意に介さずになおも語る。
ほっそりとしてなめらかな、人形のような首の感触が指に伝わっていく。
締め上げいくにつれて、ミシミシと軋む音が微かに彼女の耳を駆け抜けていく。
──幸せだったんでしょう?
──美味しいものをお腹いっぱいに食べれて、好きなだけあったかいお布団で眠れて、清潔なお洋服を着れたんだもの。
──たった一つ、人間らしさを捨てれば満ちた生活ができたあの時が、恋しいのでしょ?
「訂正しろといっているだろ!!」
ゴキリ、と何かが折れる音がした。