Ciger Bar　「琥珀」｜リアクション

Ciger Bar　「琥珀」

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　有名な復讐鬼の名を冠する一本、その中でも特に巻くのが困難とされている葉巻を注文する。
　暗道忍がふかすのは決まってこの葉巻だった。
「あ、カットはしなくていいよ」
　持ち歩いているパンチカッターをカウンターの上に乗せ、店主に声を掛ける。
　手渡された葉巻をカッターに差込み、手馴れた様子で吸い口を作る。用意されたシダー片で葉巻を炙りながら、忍はスコッチを注文した。
　グラスに注がれた琥珀色の液体を揺らし、葉巻を銜える前にまずは一口。
　芳醇な香りと、喉を焼くようなアルコールを十分に味わってからようやく葉巻を銜え、ゆっくりと煙を吸い込む。
　口の中で軽く転がすようにしてから吹かし、グラスを再度傾ける。
　葉巻を吸う前と吸った後で変わる味に、忍は満足げな表情を浮かべた。
　他の葉巻と比較して随分と長さのあるそれは、たっぷり二時間半は楽しめることだろう。どこか香ばしさのある風味を味わいながら、誰かと言葉でも交わそうかと忍は店内を見回した。

　忍が視線を走らせると同時に、二人の女性が入ってくる。
　深倉理紗子と御堂地瑛華である。
　カウンターの片隅が空いているのを見つけると、瑛華は淀みない足取りでその席へ。
　対して、理紗子はどこか落ち着かない様子で瑛華と忍の間へ腰掛けた。
　理紗子は差し出されたメニューに視線を落とす。
　行きつけの店が臨時休業ということでたまたま訪れたはいいが、一見ということもあり、いまひとつ座りが悪い様子だ。
　瑛華は喫煙具を取り出しながら、メニューを見ることなく店主に話しかける。
「注文は……今日持ってきた煙草葉がバニラの着香ものと、それからヴァージニア葉なんだ。だから、ヴァージニア葉に合う酒でお勧めをくれるかい？」
「かしこまりました」
　瑛華がこういった注文をするのはいつものこと、店主は頷くといくつかの酒瓶を瑛華の前に置き、説明を始める。
　その様子を理紗子は横目で眺めていた。やはり、一見の自分では場違いだっただろうかと旨の内に心配を抱えながら、会話が途切れた瞬間を狙ってカクテルといくつかのつまみを注文する。
「そんなに緊張することないって」
「え？　……私、ですか？」
　忍に声を掛けられ、理紗子は驚いて瞬きをする。そこまで緊張しているように見えたのだろうか、と意識的に表情を緩めた。
「そうそう。俺もこの店は初めてだけど、初めて同士楽しもう！　そっちのお姉さんは、ヴァージニア葉が好みなのか？」
　明るい忍の様子に気おされながらも、理紗子は何とか頷いた。
　忍は、理紗子の横に座る瑛華にも声を掛ける。
「いやぁ、本当はラタキアにしようと思ったがアレは臭いが独特で外で吸えたもんじゃないからな。そういうあんたは……おや、いいものを吸っているな」
　瑛華はパイプをくゆらせながら、忍の方を向く。忍が銜えている葉巻を見て目を細めた。
　出されたコニャックグラスを軽く掲げ、忍と理紗子へ視線を送る。
　理紗子もカクテルグラスを掲げ、忍もグラスを掲げて乾杯をした。
　瑛華はグラスを揺らし、コニャックの香りを十分に楽しんでから一口だけ飲む。そして、目許を緩めて息を吐いた。
「普段から吸うのか？」
「まあ、たまに。決して安いものでもないから、そう頻繁には吸えないけどな」
　両側で会話を聞きながら、理紗子もカクテルを口に運ぶ。注文したのはギムレット。普段なら強めのものは頼まないが、明日は非番。休みの前くらい構わないだろうと、久々に注文をした。
　チーズをつまみながらグラスを傾けるうちに、ようやく緊張がほぐれてくるのが分かる。体のあちこちに煮凝った疲労やら毒やらが、酒が回るにつれて溶けていくような感覚。息を吐くと、体に溜まっていたものが逃げていくようだった。