あなたと合体したい（物理）｜リアクション

あなたと合体したい（物理）

●瓶底眼鏡と銀縁眼鏡の場合

　というわけで私はさっそく今回の事件の関係者・多喜勇生君のようすを窺います。
　彼がひとつの薄型銀縁眼鏡に手を伸ばすとぴしゃり。「それは似合いませんよ！」という鋭い声が聞こえてきました。
　近くの店員さんが顔を青くして勇生君に駆け寄りますが、誰も居ないので不思議そうな顔をして去って行きました。
「……僕の眼鏡が喋り出した？」
　それは誰にも――私とお気に入り以外にはですね――聞こえないような小さな呟きでした。
「ええ、その通りですよ。それにしても見る目がありませんね。そんなの貴方には派手すぎます」
「えっと、じゃあ」
　今度は落ち着いたデザインのものを勇生君は手に取りました。
　しかし「それは地味過ぎます」と眼鏡さんは今度もお気に召さないようです。
　さすがの勇生君もムッとせずにはいられません。彼(？)の言葉を無視して、むりやりその眼鏡を試着しようとしました。
（あ、あれ？　外れない……？）
　残念ながらその強行は失敗に終わってしまいます。
「もー邪魔しないでよー」
「貴方に似合う眼鏡は私だけです！」
　勇生君は眉間に皺を寄せて抗議しますが眼鏡さんも一歩も譲りません。
「お洒落なのが欲しいんだよ！」
　だからといって勇生君も諦めるわけにはいかないのです。
　そうして小声で言い合いをしていると、
「そ、そんなまだ度は合ってるのに私が地味だから掛け替えるだなんて酷いです！」
　突然、眼鏡さんの声がにじみました。ちょうど、そう。水たまりに雨粒が落ちたようにです。
　勇生君はハッとして口をつぐみます。
「……ごめんね、気付かなかったよ」
　シュンと謝る勇生君は、可哀想なくらい素直でした。
「でも違うんだ」
　けれどただの素直な少年からはもう卒業しているのです。
「欲しいのはデート用の勝負眼鏡なんだよ。気になる子が銀縁眼鏡が好きで形だけでもそうしたいなって――」
　言いながらすっかり勇生君は茹で上がってしまいました。
「浅はかですね」
　その温度を直に感じた眼鏡さんは、「……アツイですね」とも言いました。九割が呆れというような声色です。
「わかってるよ、でもやれる事はやりたいの！
　でも普段の眼鏡はきみを使うよ。掛け心地が最高だもの、絶対に手放せないよ」
　ふたりに対しての愛を同時に語るなんて、なかなかですね、勇生君。
「そ、そんなに言うなら良いでしょう。これからも綺麗な視界を確保してあげます！」
　けれど見事気持ちは伝わったようです。
　しかしせっかく和解したふたりですが、今日は離れることができないため結局試着はできません。
「でもきみと話ができたのは良かったよ」
　けれどそれもほんの一瞬のことで、すぐに勇生君はにっこり微笑みます。
「……っ」
　その笑顔を至近距離で見せつけられた眼鏡さんは言葉に詰まってしまいました。
「これからもよろしく、大事に使うね」
「あなたって人は……そ、それよりも、デート用を探しに来たのでしょう？」
「え？」
　どうやらふたりは円満にデート用眼鏡を選ぶことになったようですね。
　めでたし、めでたしといったところでしょうか？
　安心したのもつかの間。
「目付きが鋭いんですから、角は丸いほうがいいんじゃないですか？」だの「下が大きい方が人相がよく見えますよ」だの眼鏡さんはけっきょく最初と変わらず、口うるさいくらいに勇生君が選ぶものにダメ出しをしていきます。
　けれど勇生君も眼鏡さんもなんだかとっても楽しそうです。
　私もシアワセのおすそ分けをしていただいたところで――「え、何これ！？」
　おや、どこからか可愛らしい乙女の悲鳴が聞こえてきました。
　これは事件に違いありません。

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