猫印名品と共に生きる｜リアクション

猫印名品と共に生きる

　八神修は猫印名品を利用したことがなかった。否、厭うているわけではない。存在は知っている、昨今利用するようになったコンビニにも一コーナーがあり小分けになったバウムクーヘンやらちょっとしたおかずやらといった食品が売られているのを見たことはあった。だが購入したことはない。どちらかといえばハイソでセレブな生活を送りがちであった修が人並みのライフスタイルを心がけるようになり、地に足ついて歩み始めた今ようやくにして目についた、という次第であった。
『えっ、修君、猫印行ったことないの？』
「はは、まあね。恥ずかしながら」
『じゃあいこうよ、いろいろあって面白いんだよー』
　六人兄弟の長女、しっかり者の七夜あおいはその道のいわば先達であるらしい。寝子島への帰省の折に修を猫印の世界へ案内してくれるという。どこか異界譚の入口かのような口振りだが、修の胸は何やら踊ったものだ。
「前から興味はあったんだ。じゃあお願いするよ」
『うん！　あ、その前に一人で行っちゃダメだよ？』
「ははは、行かないよ。楽しみはとっておくさ」

　そんな風に通話も花咲いた夜からしばらく後、あおいは寝子島へ舞い戻ると早速修を誘った。
「猫印名品寝子島店、行ってみようよ！」
　二人連れ立ってやってきた店舗は白く清潔な佇まいで修を迎え、思わずほうと吐息が漏れる。
「シンプルなんだな。派手な飾り付けや広告もない」
「そうだね、それがいいんだよ」
　今は九州のほうへ生活の拠点を移したあおいだが高校時代この店舗には足しげく通っていたというから、店内を案内する足取りも慣れたものだ。
「このへんは食料品コーナーだね。猫印のカレーは鉄板！　お洋服なんかはあっち、雑貨類はあのあたり。修君、何か見たいものある？」
「じゃあ、家具を見ようかな」
「オッケー、こっちこっち！」
　寝心地良さそうなベッドにマットレス。ゆったりとしたリクライニングソファ。組み換え自由の収納棚に家電コーナーも充実している。眺めているだけでも飽きない。一面を埋め尽くす商品の列に修は思わず少々間の抜けた声を漏らした。
「……これが全部猫印なのか。すごいな」
「そうでしょー？」
　滑らかな曲線を描くソファへ試しに腰を下ろしてみる。ふわりとして吸い込まれそうな感覚だ。いくつかの椅子を試したがどれも座っているとそのまま寝入ってしまいそうなくらいリラックスできた。
　続いて多様な家事道具へ目をやる。家事は目下の修にとって注力すべきところだ。的確有能な使用人に任せず自身の手で行うようになり、それら作業を効率的に楽に済ませられるグッズには興味が湧いた。
「ん？　これは何に使うんだ？　というかどうやって使うんだ……？」
「これはね、ここのボタンを押すと……そうそう。ワンタッチでゴミが捨てられるんだよ。便利でしょ？」
「なるほど。それじゃこちらの、これは？」
「これはこうやって、ここを外せば……ほら！」
「おお。なるほど、便利だな」
　修が思いもよらなかったようなアイディアと工夫がそこには凝縮され詰め込まれていた。興味津々、彼の瞳がきらきらと輝いていることにあおいは微笑ましく頬を緩めている。
「これは分かるよ、調理器具だな。菓子作りや料理に便利そうだ」
「いいねー。向こうには食器やカトラリーなんかもあるよ。見てみようか」
「そうだな、行こう」

　修もよく料理をするしあおいだって勉強中だ。どれもこれも様々な局面に役立ちそうで目移りしてしまう。
「また一緒にケーキでも作ろうか。これなんか製菓に役立ちそうじゃないか？　お、こっちのグッズは何だろう。ああ、これもいいな。向こうのあれも……」
「はい、ストップ！」
　ホイッスルでも吹くかのようにあおいのストップがかかった。目を瞬いた修だが、これは猫印初心者が陥りがちな罠である。目につく物全て有用に見えてしまい次から次へとカゴへ放り込んでしまうのだ。
「本当に必要な物か、ちゃんと吟味してから購入するように」
「ごもっとも。気を付けます」
　よろしい！　と満面の笑みが眩しい。あおい先生の指導のもと熟考を重ね、最終的にいくつかの便利グッズと菓子を購入するに止めた。

　買い物袋を下げて歩くと、徐々に日が陰ってゆく。
「見たことのない物ばかりで新鮮だったよ。それに便利だ。ああいう店が近くにあるのはありがたいな」
「だよね。私もよく使ってるよ」
「ああ。今夜はさっそくこの器具を使って、夕食を作ろうか」
「ということは……ハンバーグ？　やったね♪」
　猫印に新たな知見を得た修だ。その手腕にもますます磨きがかかり、あおいの舌を唸らせることだろう。

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