紅燃ゆる渓谷美｜リアクション

紅燃ゆる渓谷美

　その日、水上桜はねこでんの寝子島駅で恋人の滝沢匠と待ち合わせをしていた。
　真っ青な空を見上げ、深呼吸。
（久しぶりに外出たような気がする）
　閉じこもっていたつもりはないが、遊びに出てきたというだけで、開放感が強い。
「水上」
「あ、滝沢君」
「ぼんやりしてどうした？」
「久しぶりに遊びに出てきたから秋の空が高いなーって」
「そうか。……勉強を怠るのは良くないが、息抜きは絶対に必要だな」
「だよね！」
　合流してから、参道商店街を一緒に歩く。紅葉を見に来る客が多いせいか出店が出ている。
「なんかお祭りみたい」
　途中で暖かい飲み物を買いつつ、寝子島神社へ。
　そこでばったり会ったのは、茉奈とカノンカップルだった。
「あれ？　受験勉強強化期間は？」
　桜は不思議そうに問う。
　今週初めの茉奈は、受験勉強に燃えていて一週間全力で行くとのことだったのだ。
「さすがに今日は息抜き。桜もでしょ？」
「うん」
　お互い笑い合うと、彼氏同士も柔らかい表情で会釈していた。
「それに神社へ来たのは来年の受験の合格祈願」
　茉奈がにひっと笑うと、桜は目を瞬かせる。
「気が早くない？」
「こういうのは早い者勝ちだから！」
「お、おう」
　受験勉強で疲れていそうなのに、いつもの茉奈である。
　四人で紅葉を見に行こうということになり、ロープウエイで山頂まで行き、そこで峡谷を下った。
　途中、出会ったカップルの写真を頼まれたりしたが、すぐに他の見物客はいなくなった。四人で見惚れる。
「わっ」
　茉奈は思わず声を出した。一面に広がる紅葉や銀杏の色づいた木々が、視界に飛び込んできたのだ。
　青空に舞い上がる落ち葉が花吹雪のよう。
「綺麗」
　秋の高い空と鮮やかな山々。目を奪われる。スマホで写真を撮ってみるが、あまりうまく撮れない。
（ああ、これはしょぼい……）
　目で見たものが写真に残せないのは残念だ。
「はあ」
　目の前の景色に吸い込まれそう。
（受験勉強、ちょっと嫌になっちゃうな）
　この解放感をずっと味わっていたい。
（上手く行くのかなぁ）
　現実感がなくなってふわふわしてきた。疲れが出てきているのかもしれない。
　と、右手をがっつりと握られた。
「！　カノン？」
「来年、絶対大学生になって来ような」
　現実に疲れていたのかもしれないが、繋がれた手と抱かれた肩、カノンのぬくもりにうれしくなった。
「うん！」
　腕を組んで笑い合う。今日ここに来てよかった。茉奈はそう思った。

　そんな様子を見ていた桜は柔らかい気持ちになった。
　匠と並んで、目の前の色づいた景色に見惚れる
「綺麗だね」
「……ああ」
　風が拭いたせいで吹雪のようになる紅葉の葉が桜の髪に降ってきた。
「なんか現実じゃないみたい。でも、帰ったら勉強なんだよね。はぁ～」
　ずっと息抜きしていたいと、つい思ってしまう。
　と、桜の髪についた紅葉を匠が取った。
「来年の今頃は受験とは無縁だ。頑張ろう」
　少し照れくさそうにぽんぽんと頭を撫でてくる。目線をそらしてぶっきらぼうだが、元気づけてくれているらしい。
「また一緒に、来てくれる？」
「ああ」
　ぎゅっとお互いの手を握り合った。

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