部活の夏、サークルの秋｜リアクション

部活の夏、サークルの秋

「あれからもう10年過ぎたんだよね……」
　水上桜は、寝子高の教師として水泳部の顧問に収まっていました。
　夏休みの晴れたある日。
　けれど教師にとっては勤務日です。
　あの頃より高めの日焼け止めをしっかり塗って、いくらか古くなった寝子高のプールを点検を兼ねて隅々まで見て回りながら、桜は高校時代のことを思い出していました。

（あの時は水泳部と家庭科研究会を掛け持ちしてたんだよね）
　高校最後の６月、関東高等学校水泳競技大会の県予選で５位。
　それが桜の最高記録でした。
（悔しかったけど、やり切ったと思う）
　あれからいろんなことがありました。
　でもこうしてあの時と同じプールに教師としている。そのことがとても不思議でした。
　
　点検は問題なく終わり、最後に簡単な検査キットで水質を調べます。
「問題なし、っと」
　それから更衣室隣の顧問室に入り、ノートパソコンを開きました。
　今日の練習メニューやその他細々とした生徒ごとのデータの確認。
　やることはいくらでもありました。
　

「先生！」
　しばらくして今年のキャプテンが呼びに来ました。
「今行くわ」
　桜はパソコンを閉じ、手早く競泳水着に着替えてその上にパーカーを着込みました。
　首からはホイッスルとストップウォッチをぶら下げ、手にはファイル。

　プールに出ると、既に部員は勢揃いしていました。
　あの頃は自分がその中にいたのだけれど、感傷にひたる暇はありません。
「おはよう。準備運動を始めて」
　顧問として指示を出し、運動している皆の表情を一通り見て健康観察をします。
　あの頃の部活仲間たちと、全然違う顔ぶれでありながらどこか似た雰囲気でもあり。
「熱中症防止のためこまめに水分を取ってね。プールサイドでの火傷にも注意ね」
　いくつかの指示を出したうえで、練習を開始させます。

　しばらくはファイルを手に、生徒一人一人の習熟具合などを見ました。
（この子は次の練習試合に出そうかな）
（この子はもう少し筋力トレーニングに注力したほうがいいかも）
　といったことを書き込みます。
「ちょっと、乃木さん、手が伸びていないわ」　
　声をかけると、桜は自らプールの中へ入って指導を始めました。
「そうね、ちょっと見てて」
　さらに自分が泳ぎ方の模範を示します。
「こんな感じで、もう一度やってみて」
「はい」
　手本を見た後の生徒のフォームは、さっきよりだいぶよくなりました。
　桜の指導は体育の教師からも一目置かれるものでした。
　

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