部活の夏、サークルの秋｜リアクション

部活の夏、サークルの秋

　寝子高２年の中倉琉歌は、横浜にある競技場にいました。
　ここで陸上の秋の記録会が行われています。
　記録会とは、競技大会とは別に記録を狙う為に開催されるレースのことです。

　短距離走パートに所属する琉歌は、今年の夏県大会であと一歩のところでインターハイ出場を逃しました。
　表面上は飄々としている琉歌ですが、この時ばかりは悔しくて泣きました。
（春の記録会で新記録を出して、少し慢心があったのだろうか）
　そんなふうに悔やんでみても、どうにもなりません。
　
　それから琉歌は雪辱を晴らすために、日々の練習に取り組みました。
　普段はのほほんとしているというか、飄々としている琉歌ですがさすがに焦りが顔に出ていたのでしょうか。
　一緒に練習している部員たちから心配されました。
（はあ……私、そんなに焦ってるのかな……）

　県大会の後、片想いのような妙な関係の先輩と海に行ったとき。
　インターハイに落ちたことは敢えて言いませんでした。
（言えばきっと何かしらのアドバイスはくれたと思うし、慰めてもくれたと思うけど）
　心配をかけたくなかったのか、甘えるのがはずかしいという意地なのか。
　とにかく安易にそうすることは憚られたのでした。
（自分でなんとかしなきゃ、解決しないんだ）

　そしていよいよ秋の記録会の日を迎えました。
　琉歌の種目は100メートル走。
　自分の出番が来るまでの間、丹念にストレッチをやったり、精神統一をしました。
　襲い掛かってくるプレッシャーや不安と戦うには、地味でもマイペースにそれをこなすしかなかったのです。
　敵は他のライバルではなくあくまで自分なのだから。

（やれるだけのことはしたんだから全力を出し切るだけ）
　そう自分に言い聞かせながらも、不安は蛇のようにしつこく足元に絡みついて離れないのでした。

　それでも、否応なく勝負の時はやってきます。

　スタートラインについて、精神統一し。
　パン！
　スタートの合図とともに、無我夢中で琉歌は走り出しました。
（いける）
　走る、走る。
　遮る者も、脇に並ぶ者もなく、ただ前を見て。
　体は軽く。
　いつのまにか不安はかき消えていました。

　ゴールを駆け抜けて足を止めて、ようやく琉歌の世界に音が戻ってきました。
　駆け寄ってくる仲間たちに肩や背を叩かれ、祝福されて。
　自己ベスト更新を告げられた時、琉歌はまだ実感が湧きませんでした。
　じわじわと溢れてくる喜びをそのまま表に出すのは恥ずかしくて、一瞬目を閉じ。
（お腹すいたな……）
　ふと思って。
　その時琉歌は、ほんとうにプレッシャーから解放された自分を感じたのでした。
　
　
　

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