ある迷宮で手繋ぎを・燦｜リアクション

ある迷宮で手繋ぎを・燦

　八神修は恋人の七夜あおいと一緒に、迷宮のある空間に引き寄せられてしまっていた。辺りを見回すが、記憶にない場所だ。
　不安そうな表情のあおいの側に、黒い人影が出現する。その人影から手が生まれ、あおいに伸ばされるまでは一瞬のできごと。
　修はあおいをかばうように彼女の手を引いて抱き寄せた。手を繋ぐとすぐに、その黒い影は消えてしまった。このルールには覚えがある。
「手繋ぎ、だな。大丈夫、２人なら怖くない、だろ？」
「うん」
　修とあおいは指を絡めて、しっかりと手を繋ぎ直した。

　修は黙って光る床を観察していた。床は赤く光るときもあれば、青く光るときもあり、白く光るときもある。遠くの床を見るために、スマホの光を向ける。電波は圏外だったが、懐中電灯のアプリは問題なく起動した。
「ハートの記号、２つあるみたい。でも光るときの色は……」
　近くのハートの床は青く光り、遠くのハートの床は赤く光っていた。
「色も合わせて正しい順番で踏めばいいのかもしれない」
　そう考えると、踏まなければならない床の数は決して少なくない。
「たくさん踏まないとだね」
「大丈夫、こういうのは俺の得意分野だ」
　しばらく光る床を見つめ、記号や図柄の踏むべき順番を記憶する。
「さあ、行こう」
　手をぎゅっと握って、色も合わせて順番通りに床を踏む。距離があるときには関係ない床を踏まないように回り道をする。時には、あおいの手を引き寄せながら、タイミングを合わせて大きく跳ぶ。
　そうして全ての床を踏み終わると、床全体が白く光って消失した。
「クリアできたの？」
「みたいだ。その証拠に、ほら」
　修が指差す先には、開いた扉があった。

　強い光が辺りを照らす。光から逸れて観察すると、それは台座にある瞳のようなオブジェだった。一方向に強い光を放ち続けている。オブジェの背面には扉があったが、開く気配はない。オブジェは、両手でなら動きそうに見えた。
「あおい、動かしてみよう」
　手を繋いだまま、修とあおいの片手がオブジェに触れる。ざらりとした石のような感触だったが、予想通りオブジェは動いた。
「光を何かに当てるのかな？」
「かもしれない。その何かを探してみようか」
　修はあおいとオブジェの方向や角度を変えてみる。壁面には何もなさそうだ。
「壁じゃないなら……」
「床？」
「それか天井か」
　最初に、床を照らす。よく磨かれた大理石の床が見えただけで、何も変化はない。次に天井を照らしてみると、光った。
「宝石かな？」
「みたいだ。オブジェの光を当ててみよう」
　慎重に、ゆっくり少しずつオブジェを動かして、宝石に強い光を当てる。カチリと、扉の鍵が開く音がした。
「これで進めるな……と、その前に」
　修はろっこんを使ってオブジェの下部を「分解」する。台座から回収したオブジェは、意外にも片手で運べそうな重さだった。
「持っていくの？」
「うん。迷宮って暗闇になるかもだろ。だからさ、これを明かりに使えないかな」

　何か重いものが移動する振動が伝わってくる。振り向いた修が見たのは、筋肉隆々なサイクロプスの像だった。
「まだ距離はある……が」
　あおいの手を引いて走り出す。サイクロプスは巨体の割に素早かった。距離はすぐさま縮み、その手があおいに触れそうになる。あおいを引き寄せて、修は１つ前の部屋で手に入れたオブジェを向けた。
「目くらましだっ」
　強い一方向の光が、サイクロプスの大きな一つ目に当てられる。うなるような声を上げて、サイクロプスは足を止めた。
「このまま走ろう。あおいは前を見ていてくれ。後ろは俺が」
　転ばないように気をつけながら、サイクロプスから離れる。サイクロプスは再び追いかけようと試みるが、そのたびに後ろを見ながら走る修の、オブジェの光に制される。
「扉が見えたよ！」
　あおいの声にそちらを見れば、扉がひとりでに開き始めていた。ぎりぎりまで光を目へ当てておき、２人で扉の外へ。
　扉はまたひとりでに閉まる。かたく閉ざされた扉に体当たりをするような音が１、２回響いたが、それきり静かになった。

　最後にとても暗い部屋を抜けて、無事脱出できた。修は内心ほっと安堵する。
「怖くなかった？」
　にこやかにあおいに笑いかけると、あおいも笑顔でうんと頷いた。
「修くんがいてくれたから、どきどきしたけど大丈夫だったよ」
　修は手を離して……思い直してもう一度手を繋いだ。
「修くん？」
「このまま、帰らないか？」
「うん、私もまだ繋いでいたいなって思ってたよ」

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