ある晴れた一日｜リアクション

ある晴れた一日

　海が望める道を綾辻綾花と早川珪が手を繋いで歩いていた。
　海風が綾花の白いワンピースのスカートを時にはためかせる。乱れた髪はその都度、珪が自然な仕草で直した。
　十字路に差し掛かると歩行者信号が点滅して赤色に変わった。
　立ち止まった綾花は右の道を見ながら言った。
「海浜公園に寄って行きませんか」
「それなら池のボートに乗ろう。もちろん僕が漕ぐよ」
「二人で並んで漕ぐのはどうですか？」
「同じところをグルグル回りそうだ」
　珪は楽しそうに笑う。綾花も釣られて微笑んだ。
　宣言通り、二人は横に並んでボートに乗った。二人三脚のように声を出して漕ぎ始める。出だしから斜めで思った方向になかなか進まない。
　珪はその過程を楽しむように何度も白い歯を見せた。
　綾花は別で心配そうな顔で言った。
「でも、この状態では戻れませんね」
「その心配はいらないよ。少し端に寄って貰えるかな」
「こう、ですか？」
　珪は頷くと綾花の腰に手を回し、腕力で膝の上に乗せた。
「綾花は特等席に座っていればいい」
　言いながら両手にオールを握る。ボートは難なく進み、一分と掛からずに船着き場に戻ってきた。
　最初に珪が下りて綾花の手を取り、最後は抱き止めるようにして手を繋ぐ。
　周囲をぐるりと回った二人は旧市街まで足を運んだ。
　珪は思い出したように口にした。
「少し書店に立ち寄ってもいいかい？」
「本屋さんですか。何か探し物でもあるのでしょうか」
「懐かしい気分にさせてくれる書店なんだよ。綾花も気に入ると思う」
　含みのある言い方で珪は目で問い掛ける。
「普通の本屋さんとは違う、という意味なら楽しみです」
「案内するよ。少し複雑だからね」
　珪は手をしっかり握ると左の脇道に入った。雑居ビルや倉庫に囲まれた道の突き当りを右に折れた。
　居住区となった。民家の間隔が広く、陽光が差し込んでいた。その只中にあるベンチには人間の代わりに一匹の猫が丸くなっていた。
　目にした綾花はスカートのポケットから猫メモを取り出した。パラパラと頁を捲ってピタリと止まる。
「この子ですね。白猫で鼻のところに黒いブチがあります」
「リアルではないけど、よく特徴を捉えた絵だね。一目でわかるよ」
「この猫メモもかなりの数になりました。猫好きにはたまらない島です」
　小さな小袋を手にした綾花は一本の煮干しを摘まむと猫の口元に運んだ。左右に揺らすと目を閉じたまま齧り付く。
　二本目は瞼を開けた。甘えたような声で鳴くと勢い付いて食べた。
　猫との交流を終えると道なりに歩き出す。赤い筒型のポストを左に曲がり、二分後に足を止めた。
「ここだよ」
　珪は右側の店舗に笑みを浮かべた。
「こんなところに本屋さんがあったのですね。知りませんでした」
「中に入ってみよう」
　おとぎ話に出てくるようなレンガの家の扉を珪は開けた。横手に退いて綾花を先に入れた。
　奥行きのある店内を二人は進む。書棚に収められた本は薄く平仮名のタイトルが目立った。
　綾花は足を止めて一冊を抜き出す。切り絵のような表紙を見て懐かしそうに目を細めた。
「この絵本は知っています。小さい頃に読んだ記憶があります。もしかして、ここに置かれている本は全て絵本ですか？」
「その通り。ここは絵本専門店だよ。僕が子供の頃に読んだ『帽子を被ったネズミ』の話が懐かしくて購入した。綾花が昔に読んだ絵本もあると思う」
「探してみます」
　三十分掛けて三冊の絵本を見つけ出した。綾花は胸に抱え、笑顔で購入した。
　その帰り道、珪に想いを語った。
「この三冊は寝る時によく読んで貰いました。今は実家に無くて諦めていました」
「貴重な絵本になったね」
「そうですね。先の話になりますが、自分の子供にも読み聞かせてあげたいです」
「親子が川の字になって読む絵本か。その時が楽しみだ」
「そうですね」
　綾花は繋いだ手を軽く振りながら弾むように歩いていった。

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