ある晴れた一日｜リアクション

ある晴れた一日

　部屋の中が明るくなってきた。すぐ近くでスズメの囀りが聞こえる。
　ベッドで横向きに寝ていた有沢茉奈は薄目を開けた。寝起きの虚ろな表情が緩んで微笑みに変わる。
　閑野カノンが同じ姿で向かい合う。未だ眠りの中にいて微かな寝息を立てていた。
　茉奈の目が僅かに動く。掛け布団からほんの少し肩が出ていた。視線を自身に向けると胸の谷間が見える。昨夜の激しい愛情表現を思い出し、照れ笑いを浮かべた。
　瞬間、鋭い痛みが走ったように顔を歪めた。内腿をゆっくりと擦り合わせるような動きを見せる。
　――初めてだから痛いのは仕方ないよね。先にシャワーを浴びようかな。
　カノンを見ながらそろりとベッドを抜け出した。大股では歩かないようにして浴室へ急ぐ。
　浴室の横手には棚が置かれていた。各段にタオルや着替え用の服がきっちりと収まっていた。
　茉奈は安堵の表情で浴室に入った。シャワーの温度を調節して頭から浴びる。
　湯を含んだ髪は軽く絞り、掌で顔を拭った。出ようとして立ち止まる。右腕を軽く上げて腋の下に鼻を近づけた。
　――臭わないけど、昨晩のことを考えると。
　ポンプ式のボディーソープを使って両手を泡立てる。首筋や腋の下を丁寧に手で洗う。胸や太腿に掌を滑らせていると少し動きが鈍くなった。
　――昨晩はカノンの手が、こんな風にあたしの全身を撫でていたよね。
　身体が火照る前に低温のシャワーを頭からぶっかけた。大きな身震いで浴室から出た。
　棚に置かれたバスタオルを引っ掴み、全身を隈なく拭いた。目は自然と衣類へ向かう。
　――昨晩、あたしが着ていた服はここにないけど、もしかして洗濯してくれたのかな。裸でうろうろするのは恥ずかしいし。
　悩んでいるとＴシャツが目に付いた。カノンの私服で広げるとかなりの大きさがあった。うずうずした感じで着てみた。
　着心地は悪くない。長い丈が幸いしてワンピースのような見た目となった。
「……いいかも」
　嬉しそうに笑うと部屋に戻った。
　目覚めたカノンがベッドから、おはよう、と爽やかな笑みで言った。
「おはよう。よく眠れた？」
「ぐっすりだよ。あと、少し喉が渇いたかな」
「コーヒーでよかったら淹れるよ。インスタントだけど」
「知ってる。俺のアパートだし」
　カノンは苦笑いでクシャクシャになったシャツを着た。
　その間に茉奈はキッチンでコーヒーの用意を始めた。

　二人はベッドの縁に座るとマグカップのコーヒーを飲んだ。
「茉奈、今日の予定は？」
「残念だけど、今日は大学で講義があるのよ。マーケティング理論。教授が気難しいので頭が痛いわ」
「俺には朗報だな。実は俺も講義があるんだよ。一緒に行けるね」
「そうなんだ……行く時に手を繋いだりして」
　小声で言うと茉奈はちらりとカノンを見た。
「いいね。恋人なんだし。そのＴシャツで行ってもいいよ」
「それは絶対に無理。元の服で行くから」
「どうして？　よく似合ってるよ」
「……裸エプロンみたいな状態だから」
「あ、そういう意味か。さすがにそんなことはさせないよ」
　笑って言うと残りのコーヒーを飲み干した。少し慌てたのか。口で何度も息を吸った。
　出掛ける用意ができた二人は揃ってアパートを出た。どちらも手を伸ばし、指を絡めた。
　木天蓼大学の寝子島キャンパスに繋がる道を共に歩く。
　茉奈は見慣れた街並みを眺めながら口にした。
「なんだろう。街が輝いて見える」
「今日が晴天だから、ではないよね」
「新しい自分になれたのかもしれない」
「俺も先のことを考えると、わくわくが抑えられなくなりそうだ」
　二人は同時に目を合わせた。
「その未来にあたしはいる？」
「その未来に俺はいる？」
　茉奈とカノンは当然と言うように一点の曇りもない笑顔を見せた。

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