ある恋人繋ぎの日｜リアクション

ある恋人繋ぎの日

（どうしてこうなった……！）
　何度心の中でそう叫んだか覚えていない。京極花音の手は、隣にいる暁月静の手と繋がれていた。

　今日はいつものアルバイトはお休み。何があるわけでもなく良い天気だったから街を散歩をしていて、そうしたら以前から花音が好意を寄せている静に偶然バッタリ出会って。花音は一緒に並んで歩いているだけで幸せの絶頂だった。その幸せをかみしめて明日からのバイトもがんばろう、と思っていた矢先のこと。
　風が吹いた。強いわけでもないふんわりとした普通の風だと思ったのだが、その後の周囲がとても騒がしい。花音と静も例外ではなく、周囲の状況と同じように、手と手が繋がれていた。
（何だこれは！！？）
　指をしっかりと絡めた手の繋ぎ方。花音はこの呼び名を知っている。
「これ知ってます。恋人繋ぎ」
　はっきりと静がその名を口にした。
（ききき、今日の静さん積極的すぎやしませんかねっ！！？）

　ふと、一方的に手を繋がれたというよりは、花音からも繋ぎ合っている気がした。
　静と２人で辺りを見回すと、同じように恋人繋ぎになっている人たちばかりがいる。もしやと絡ませた指を緩ませようとしたが、ぴったりとくっついて離れなかった。
「本当にしっかり繋がってて面白いですね」
「そ、そうですね」
　静を意識すればするほど、心臓が高鳴って、上手い返事ができない。
（嬉しいけど、どうすりゃいいんだ！！！）
　目を手から逸らして冷静になろうと同じ状況の人たちを見る。その大半は望まぬ相手と恋人繋ぎになっているようで、嬉しい感情より困った感情の方が多く見て取れた。
　もし、静が見知らぬ相手と手を繋いでいたら、きっとやり場のないもやもやにその場を離れてしまったかもしれない。いや、むしろ、羨望の眼差しを２人の手に向けてしまっていたか。そう考えると、繋いだ相手が想い人であることはこの上なく幸運に思えた。
　心臓の高鳴りはさておいて。

「私と手を繋ぐの、嫌じゃないですか？」
「静さんと手を繋げて良かったです！」
「だったら良かった」
　大声で恥ずかしいことを言ったのでは？　と我に返ったが、静が楽しそうだから思考の外へ放り投げた。
　周囲も同じ状況だからというのもあり、恋人繋ぎをしている状況を何もないときより気にしなくていいのはいいことだ。ただ、何も知らない人から見れば、これはまごうことなき恋人同士に見えるのでは、ということに花音は気づかなかった。
　今はこの幸運をかみしめて過ごしたい。
「京極さんの手は大きいですね」
「えっ、そ、そうですか？」
「はい、大きくて、安心できます。いえ、急にこんなことになっても、安心できたんです」
　恋仲でない相手と急に恋人繋ぎをする事態になって、その相手が見ず知らずの相手だったなら普通は困惑する。気まずい状況になっていた可能性もある。周囲の状況がまさにそうだ。恋人繋ぎをした相手が花音だったのは、静にとっても幸運なことだったのだ。

「だから、あなたで良かった」
　少し恥ずかしそうに、柔らかく微笑む彼女の顔を見て、体温が上がった気がした。
「こっ、光栄です。俺も、静さんと手を繋げて良かった」

　いつか、不思議な力になど頼らず、自分から恋人繋ぎをするような関係になれたら。
　そう願ってやまない。

　後日、恋人繋ぎを偶然見かけたアルバイト先の同僚に、彼女かと聞かれた花音がいた。
「まだ、彼女じゃ……っ」
　などと顔を赤くしながら答えたとか。

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