ある恋人繋ぎの日｜リアクション

ある恋人繋ぎの日

　春の温かいやわらかな木漏れ日の中、綾辻綾花は恋人の早川珪と恋人繋ぎをしてデートをしていた。ふわりとした風が吹いたその後、突然周りが騒がしくなる。それと同時に、珪と繋ぐ自分の手に違和感を覚えた。
「珪さん、手が離れないみたいです」
　まるで接着剤みたいにぴったりくっついていて、絡めた指も緩むことはない。

　周りを見ると、２人と同じように手が離れない人たちがいる。
「手が離れないのが珪さんで良かったです」
　心からそう思う。知らない男の人と自分の手が繋がれていたら、それを珪に見られていたら……とてもいたたまれなくなるし、嫌だ。反対に、もし珪の手が綾花以外の女の人と離れなくなっていたら……それも困る。不思議な現象で、どちらが意図したものではなくても、目にしたくないことだ。
（珪さんは私の……だから）
　そんな風に、嫉妬してしまうかもしれない。そんな姿を珪に見られてしまっても困る。

「これから珪さんのおうちにお邪魔してもいいですか？」
　恋人繋ぎ自体はそれほど問題ではないのだが、しばらくこのままデートするとなると、トイレに行くときに困りそうだったからだ。
「わかった。きっとそれがいい」
「トイレはたぶん水を流しながらで大丈夫そうだと思うんです。でもいつまで手が離れないか分からないから、その」
　綾花は思いついたことを口にしようとして、ためらう。顔を赤らめて立ち止まる彼女に、珪も足を止めた。
「もし夜になっても手が離れないときは、一緒にお風呂に入りますか？」
「いい考えだ。そうしようか」
「はい」

　とは言ったものの、いざお風呂というときになると、とてもドキドキする。何度かお泊りはしたことがあるが、お風呂に一緒に入るのは初めてだ。
　恋人繋ぎはずっとそのままで、緩む気配はない。
　お互い手が届かない背中は交互に洗いあって、髪もお互い手伝い合って洗う。あまり相手の身体を見ないようにしても、ドキドキする気持ちは止まらなかった。
（裸はお互い見られたことはあるけど、この状況は恥ずかしいです）

　湯船は２人で入るには少し狭い。しかし春とはいえ、１人ずつ入るために湯船の外で待つにはまだまだ寒い。となれば、選択肢はひとつしかない。
「わ……っ」
　２人分の体積で、お湯が湯船の外にあふれ出る。向かい合って入ることもできなくはなかったが、珪の身体を直視できなくて、綾花は同じ向きで入ることを希望した。
　パッと見は珪に抱かれるような形だ。浮力があるから、体重を感じることはないはずだからそこには安堵する。不満を言うとするなら、珪の表情が見えないことくらいか。
「綾花さん、寒くないかい？」
「温かいです」
　お湯に肩まで浸かることはできなかったが、一糸まとわず触れ合う珪のぬくもりと、恥ずかしさからくる熱で、綾花の身体はずっとぽかぽかしていた。

　お風呂から上がって、ドライヤーで髪を乾かし合う。火照った身体は、ドキドキするこの気持ちは、お風呂に入ったせいだけではないだろう。
（珪さんは平気そう？）
　珪の髪にドライヤーをあてながらその表情をうかがう。真正面からは見えなかったが、耳のあたりが赤くなっているのはわかった。
「お風呂……珪さんは平気でした？」」
「愛する人と初めてのお風呂なんて、ドキドキしないわけがない」
「私も、ドキドキしました。今も……ううん、今日ずっとドキドキしてます」

　恋人繋ぎは寝る時間になっても離れなかった。
「一緒に寝るのは手が離れなくても大丈夫ですね」
　お泊りするときは手を繋いで眠ることも多い。
「珪さんぎゅってしてください」
　珪の繋いでいない方の手が、綾花に触れ、抱き寄せられる。ベッドの中で、抱きしめ合いながら、珪と綾花は目を閉じた。

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