かくされたよくぼう｜リアクション

かくされたよくぼう

【ドキドキさせたい】
　猫ぴょんの日から最初の６月のある日。
　綾辻綾花は、恋人の早川珪とシーサイドタウンで、デート中だった。
　少し暑い日で、誰もが軽装で歩いている。特に女性は、露出多めの服装の者が目についた。
（私も少し大胆な服を着たら、珪さんにドキドキしてもらえるかな？）
　綾花は、すれ違う女性たちの服装を目で追いながら、ふとそんなことを考える。
　それもあって、彼女はちょうど通りがかったブティックに目を止めた。
「珪さん、服を見ていいですか？」
「ああ、もちろん」
　珪が快諾したので、綾花はその店に入って行く。

　店内にはすでに、夏物の服がたくさん並んでいた。綾花は、その中から何着かを選んで、試着してみることにする。
　試着室の鏡の前で、選んだ服を着てみるが、どれも今一つピンと来ない。
　そんな中、最後に試着したのは、胸元まで切れたＶネックのオフホワイトの半袖トップスと、短めのふんわり裾が広がるネイビーのスカートだった。
（胸元、開きすぎでしょうか。動くと胸が揺れるのが気になるかも）
　などと思いはするものの、「悪くない」と思う別の自分がいるのも本当で。
　彼女は鏡の前で、正面を向いたり横を向いたり、軽く動いてみたりしたあと、珪にも見てもらおうと決めた。
　試着室のカーテンを開けて、外で待っていた珪に試着姿を披露する。
「似合いますか？」
　少し照れて尋ねれば、珪は眩しげに目を細めてうなずいた。
「ああ。……きれいだ。似合ってる」
「うれしいです」
　褒められて素直に笑顔になりながら、綾花はこれを買おうと決めた。
　そのまま着て行くことにして、店員に声をかける。
　店員がタグなどをはずしてくれて、着て来た服も袋に詰めてくれたので、清算を終えると彼女はその袋を手に、珪と共に店の外に出た。

　しばらく歩いたあと、綾花はつとあたりを見回した。
（なんだか視線を感じるような……。気のせいでしょうか？）
　胸に呟き、小さく首をかしげる彼女に、通りを歩く男性たちが、不自然に顔をそらす。彼女が視線を感じたのは気のせいではなく、すれ違う男性たちは皆、ちらちらと彼女に目を向けていたのだった。
　その時、珪が自分の着ていたジャケットを、綾花の肩にかけた。
「珪さん？」
「着ててくれ。他の男の目に、綾花さんを触れさせたくない」
　驚く綾花に、珪は言って照れたようにそっぽを向いた。
「珪さん……」
　綾花はそんな彼を見やって、薄く頬を染める。そして言った。
「それじゃ、珪さんのお部屋へ行きませんか」
「ああ」
　珪もあらぬ方を向いたまま、うなずいた。

　しばらくのち、二人は珪のアパートにいた。
「今度からこういう服は、お家デートの時だけにしますね。だって、珪さんだけに見てほしいから」
　リビングで隣り合って座り、綾花は言ってじっと彼を見つめる。
「あ、ああ……」
　うなずく珪の顔は赤く、目はわずかに泳いでいた。それでも彼は、言葉を紡ぐ。
「今日はどうしたんだ？　普段あんまり……ろ、露出の多い服は着ないだろう？」
「それは……」
　問われて綾花は、照れながら笑って答えた。
「珪さんをドキドキさせたくて、選んだんですよ」
「え……」
　言われて固まる珪に、綾花はそっと寄り添う。
「私はいつも珪さんの傍にいると、ドキドキしてるから」
　そう告げる彼女の頬も、鮮やかな紅に染まっていた。
「あ……ああ……そ、そうなんだ……」
　そんな彼女にドギマギと返してから、珪は一つ深呼吸する。改めて彼女に視線を合わせると、口を開いた。
「その……充分ドキドキした。それに、改めて気づいた。僕は、綾花さんを独り占めしておきたいんだと」
　そしてそっと彼女を抱きしめる。
「だから、そういう服は僕の前だけにしてくれ」
「そうします」
　綾花は小さな笑いを一つ零して、うなずいた。
　その彼女に、珪はそっとくちづける。
　触れ合った肌に、互いのドキドキが伝わっていくのを感じて、綾花は熱い吐息を漏らすのだった。

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