ブラック（Ｂ）レイク（Ｌ）異世界譚｜リアクション

ブラック（Ｂ）レイク（Ｌ）異世界譚

　不運～Bad Luck

　森は昏く、どこまでも続く深淵で、男はその中を走っていた。
　ショートソードを抜き放ち、走りながらも襲撃に備えてあたりに気を配っている。古傷のついた皮鎧に王家のエンブレムはない。男はさすらいの傭兵であった。
　低い唸り声が追って来ている。四つ足の獣の足音。それも複数だ。
「狼の群れか……面倒だな」
　傭兵――タクミ（滝沢匠）は忌々しげに舌打ちする。
　前に所属していた傭兵団が解散して今は気ままな旅の途中であったが、近道のつもりで立ち寄った森の中で不覚にも方向感覚を失い、彷徨うこと数日。二日前には食料も尽き、そのあと口にしたのはわずかな木の実と雑草ばかり。ふだんなら野生の狼に追われるようなへまなどしないのに、消耗して判断力が落ちていたのだろう。
　狼を撒くべく、道なき道を掻き分けて走っていたタクミの前に突如現れたのは見上げるような崖であった。
「くそっ、行き止まりか！」
　狼たちが姿を現す。五、六匹はいるだろうか。大きい。
　目は爛々と赤く、裂けたように開けられた口からは涎が垂れていた。
　狼たちはじりじりとタクミに近づいてくる。囲い込んで一気に襲うつもりか。
　素早く左右を見遣る。だが、残念ながら逃げ場はなかった。
「ここで迎え撃つしかないか……」
　一、二匹なら相手できよう。だが、この数に一気に襲い掛かられて、今の自分にさばききれるだろうか。
　自信はない。だが、やるしかない。
「来いよ」
　覚悟を決め、ショートソードを構える。剣を持つ手と反対の手の先をくいくいっと折り曲げて挑発すると、腹をすかせた獰猛な狼たちは、一気に襲い掛かってきた。

◇

　森に迷い、野宿の準備をしていたカノン（閑野カノン）は、突如聞こえた狼の咆哮と人の叫び声に、ハッとして顔をあげた。
「狼？　誰か、襲われているのか？」
　カノンが纏う銀の甲冑の胸元には王国のエンブレムが刻まれていた。王国騎士の証である。カノンは国王からブラックレイクのフジコの怪談に関する調査を行うよう命を受け、湖へ向かう途中であった。
「……どこだ」
　森に漂う争いの気配に耳を澄ませ、長剣の柄に手をかける。
　カノンは、騎士らしい優しさと正義感に溢れた若者だった。
　襲われている人がいるならば助けるのは自明の理だ。
　カノンは駆けた。
　そして見つけた。
　狼に組み敷かれた若い男を。
　男は傷だらけだった。両手で構えたショートソードで、なんとかその牙が喉笛に届くのを堪えている。
「今助ける！」
　カノンは抜いた長剣で狼を一閃に斬り伏せる。
　狼は断末魔をあげて死んだ。
「大丈夫か」
　声を掛けて手を差し出すと、襲われていた若い男は少し驚いてカノンの胸のエンブレムを見た。
「なんでこんなところにいるのか知らないが、助かったよ、王国騎士さん」
　カノンの手を取り、立ち上がろうとして若い男は呻いた。
　押さえた肩の傷口から血がにじんでいる。かなりの深手を負ったらしい。
　カノンは周囲を見た。
　四、五匹の狼の死体が転がっている。自分が切った狼以外は、この若い男が仕留めたようだ。
　よく見れば、男の体つきはしっかりとして鍛え上げられていた。場数も踏んでいるのだろう。狼の死体や自らの傷にうろたえている様子はない。
「傭兵か」
「ああ。ところで……なにか食べるもの、持ってないか？」
「ある……が、それより」
　若い男の顔からは血の気が失せつつある。先に応急手当が必要だろう。

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