春、乱漫｜リアクション

春、乱漫

　暴走族などという類はどうにも刹那的で物事の機微を察するのに鈍く思えるが、それでもどうやら強力なる「辺非位喪巣（べひいもす）」に盾突くヤンチャな輩がいるらしいとの噂は、彼らの中へ広がりつつあったらしい。
「てめえかコラァ！」
「辺非位喪巣に逆らうたぁいい度胸してんじゃねーかオラァ！」
「……そりゃあこっちのセリフだよ」
　ティオレ・ユリウェイスがインネンをつけられたのもそんな流れであったのだろう。ちょっとした野暮用で寝子島へ滞在中のほしびとだが、響く爆音に寝付けず夜の街をうろめいていたら目つきの悪いゴロツキがやってきて、ティオレの襟首をつかみ上げながらに凄んだのだ。
　手練れの盗賊とはいえ良識あるほしびとだから、旅先で大立ち回りを演じていたずらに混乱を招くようなことは避けるべきと考える。しかしながら今夜の騒乱を起こしているのは他ならぬ眼前のチンピラどもであるようだ。ティオレは白い歯を見せつけた。
「悪いねぇ。今夜は少々、暴れたい気分なんだよ」
　凄絶な笑みに一瞬たじろぐもそこは腕っぷしと単車の走りで己を表現する族どもであり、気圧され怯めど退くことはなかった。
「やっ、やんのかコラァ！」
「お、勝負するかい？　いいね、やろうじゃない。何で勝負する？　何だってやってやるよ」
「吐いたツバ飲むなよオラァ！」
　暴走族と勝負ときたら、タイマンのケンカだろうか。腕が鳴る。ティオレとて星幽塔では荒事で慣らした冒険者なのだ、殴る蹴るのシンプルな勝負もやぶさかではなかったが。
「ほお。おもしれーじゃねぇか」
　あやかしカーから降り立ったのは、猫だった。にゃんこである。火車は死者を霊界へ運ぶとされるあやかしだが、いかめしくガタイのよいオス猫である彼はその生業を暴走行為と解釈したらしい。
　男前にゃんこは言った。
「勝負しようぜ、姉ちゃん。俺が勝ったら、今夜一晩付き合ってもらおうか」
「へぇ、自信ありってわけ？　いいわよ、やってやろうじゃないの」
　折しもここは寝子島漁港、夜の無人は勝負に水を差すあらゆる闖入者を阻むだろう。
「で、何で白黒つけようっての」
「度胸見せてみな。チキンレースだ！」
　潮風吹く海沿いの直線１０００メートル、頑強なコンクリート壁めがけてエンジン全開で走行し、激突寸前のギリギリを攻める。壁との距離が近ければ近いほど度胸と勇気を認められ、完全実力主義な族社会においてこれほど明快に己を売り込む機もないだろう。いやまぁティオレは反社会的暴走行為などに興味はないのだが。
「俺にはこいつがあるが」
　火車は肉球でぷにゅっと愛車を叩いて見せた。鬼ハンの竹ヤリ、ロケットカウルに三段シートと基本を押さえた実直にして質実剛健な一台だ。どうやってあの手でハンドルを握るのか、などと問うのは野暮というものだ。
「姉さん、あんたクルマは」
「運転したことはあるよ」
　ゲーセンで体感型レースゲームを何度か遊んだというだけの話だが何、問題はないだろう。気合と根性で大体何とかするのが由緒正しきヤンキースタイルというものだ。
　コーンのように天を衝くテールカウルが勇ましい一台を借り受けまたがると、ティオレは火車とのチキンレース勝負へ挑む。
「ああ。あたしが勝ったら」
「何だ？　何でも聞いてやるぜ、漢に二言はねぇ」
「金輪際、寝子島で騒ぎ立てるのはやめてもらおうか。この島は時々騒がしくて飽きないけど、静けさも悪くないからね」
　鴉天狗が達筆でチームの名が書きつけられたフラッグを高々と掲げる。叩きつけんばかりの勢いでそれが振り下ろされた瞬間に、ティオレも火車もアクセルを吹かし飛び出した。
　１０００メートルの距離もバイクであればさほどの時も要さず到達するだろう。しかし二台のあやかしバイクはぐんぐんと加速し、ブレーキを踏むそぶりなど見られない。
「おいおい、マジかよォ！？」
「火車のアニキはいつも通りのイケイケだけどよぉ」
「あの女、死ぬ気かァ！？」
　見る間に壁が迫り、あわや激突……というところで気がついた。
「あれ、これブレーキってどうするんだっけ？　ゲーセンじゃ確か、えーと。ここんとこをくいっと捻っ」
　ティオレと愛車はコンクリ壁へ全速力でぶつかりクラッシュ。爆炎と衝撃があたりを満たし、さしもの族たちもどよめきに包まれた。火車もあんぐりと口を開けている。
「なっ……なんてクレイジーな女だ……！」
「いやぁ、参ったね。ゲームみたいにはいかないもんだ。マシンをおしゃかにしちゃって悪かったね、でもあたしの勝ちだろう？」

　まぁほしびとならではの極めた身のこなしで脱出してみせたので、傷一つも負わず全くの無傷だったのだが。火車も仲間の族たちも呆然とティオレを見つめるばかりであった。

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春、乱漫

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